肉じゃが

 連休最終日、いつもの美容室に出かけた。

 打ちっぱなしのコンクリートにミラーが並ぶ、二子玉川のイメージに似つかわしい内装が気に入っている。


 東京に来てしばらくしてから見つけたこの美容室で、初回に担当してくれた彼をいつも指名している。

 彼はいつも私のことを肯定してくれ、うんうんと話を聞いてくれる。


 わたしが京都出身であること、会社の人間関係がとても険悪なこと。


 否定も肯定もせず、大変だね、頑張ってるねとただ頷いてくれる。


 故郷を離れ、東京でひとり奮闘して、職場にもだれも話を聞いてくれる人などいないわたしにとって、彼と話をすることが、数少ない救いの時間になっていた。


「きょうは連休最終日ですけど、これから何かされるんですか?」

「肉じゃがでも作ろうと思って」


 きのう、久しぶりに作ろうと思って、具材を買ってきたのである。手前味噌ながら、わたしの肉じゃがは世界一おいしい。


「お、肉じゃが、いいですねえ。玉ねぎが好きなんですよ、僕。」

「煮込んでたら溶けてなくなっちゃいがちですけど、わかります」


「食べに行きたいなあ」


 字面で読めばスタイリスト特有のお決まりフレーズのようにも思えるが、実際はかなりガチなトーンのように響いた。


 食べに来ます?と軽口をたたいてみた。


「本当に行っちゃおうかな」


 いやわかっている。これは美容師の会話テクニックだ。

 まさか本当に食べに来ようなんて思っていないに決まっている。

 いくら彼に彼女がいないとはいえ。


 結局その後は肉じゃがの話に終始して、お会計の時もしらたきがいいよねなんて言う話をして、見送りを受けた。


 電車を乗り継いで自宅に帰りつき、具たちを煮込む。

 今日は砂糖を多めにしたけれど、これはこれでおいしい。

 やっぱり私の肉じゃがは世界一。


 ……彼にも、食べてもらいたかったなあ。

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