肉じゃが
連休最終日、いつもの美容室に出かけた。
打ちっぱなしのコンクリートにミラーが並ぶ、二子玉川のイメージに似つかわしい内装が気に入っている。
東京に来てしばらくしてから見つけたこの美容室で、初回に担当してくれた彼をいつも指名している。
彼はいつも私のことを肯定してくれ、うんうんと話を聞いてくれる。
わたしが京都出身であること、会社の人間関係がとても険悪なこと。
否定も肯定もせず、大変だね、頑張ってるねとただ頷いてくれる。
故郷を離れ、東京でひとり奮闘して、職場にもだれも話を聞いてくれる人などいないわたしにとって、彼と話をすることが、数少ない救いの時間になっていた。
「きょうは連休最終日ですけど、これから何かされるんですか?」
「肉じゃがでも作ろうと思って」
きのう、久しぶりに作ろうと思って、具材を買ってきたのである。手前味噌ながら、わたしの肉じゃがは世界一おいしい。
「お、肉じゃが、いいですねえ。玉ねぎが好きなんですよ、僕。」
「煮込んでたら溶けてなくなっちゃいがちですけど、わかります」
「食べに行きたいなあ」
字面で読めばスタイリスト特有のお決まりフレーズのようにも思えるが、実際はかなりガチなトーンのように響いた。
食べに来ます?と軽口をたたいてみた。
「本当に行っちゃおうかな」
いやわかっている。これは美容師の会話テクニックだ。
まさか本当に食べに来ようなんて思っていないに決まっている。
いくら彼に彼女がいないとはいえ。
結局その後は肉じゃがの話に終始して、お会計の時もしらたきがいいよねなんて言う話をして、見送りを受けた。
電車を乗り継いで自宅に帰りつき、具たちを煮込む。
今日は砂糖を多めにしたけれど、これはこれでおいしい。
やっぱり私の肉じゃがは世界一。
……彼にも、食べてもらいたかったなあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます