Episode040:抵抗
槍と呼んでも差し支えない大きな矢が放たれる。
それを皮切りに、幾つものスキルが大和へと飛んでいった。
その様はまるで絨毯爆撃。
かつてゲンサイへと放たれた一斉射撃よりも、その密度は濃い。
逃げ場はどこにもなかった。
全員が大和の実力を把握しているからこそ全力だ。
しかし詩音は知っている。
これだけの攻撃を浴びせても、大和には通用しないことを。
「──平伏せ」
ただ一言。
全ての攻撃が砕け散り、無に帰す。
(やっぱり通じないわね……)
僅かでも通ればという淡い期待は、無情にも打ち砕かれた。
事前に聞いていた通り、大和の〈ユニークスキル:傲慢〉はあらゆるスキルを無効化する。
分かってはいたが、詩音には相性最悪の相手であった。
いや、詩音だけではない。
スキルに依存しているこの世界では、大和のスキルはあまりに凶悪である。
(分かっちゃいたけど、敵に回ると最悪ね)
ただ、打つ手が全くないというわけではない。
曰く、〈ユニークスキル:傲慢〉が無効化するのは放出系のスキル、つまりは詩音の〈スキル:破弓〉や昴の〈スキル:氷結〉のような他者に直接影響を与えるスキルのみ。
自身を強化するスキルはその限りではない。
「大和ォォオッッッ!!」
奏多を筆頭に、白兵戦を得意とする隊士達が飛び出した。
一斉に武器を振り翳す仲間達。
詩音も剣を引き抜き、彼等と共に大和へと攻撃を仕掛けた。
詩音の得物は弓がメインであるが、剣を扱うことも出来る。
敵に接近を許した際対応出来るようにと、青藍同様、朝陽によって仕込まれたものだ。
しかしその腕前は、同じく鍛錬を受けた青藍とは比べるべくもない。
彼女には弓士の他、剣士としての才もあったのだ。
事実、鍛錬の末に〈スキル:剣術〉を開花させている。
アホの子として周知されている詩音であるが、彼女は本来、周囲が神童と持て囃す程の才女。
魔法を容易に扱えたのも、彼女の多岐に渡る才能の1つと言えた。
魔法に比べれば、剣を扱う程度容易いことだ。
しかし一方でそれは器用貧乏であるともいえた。
剣士を本業とする朝陽や奏多の力量には遠く及ばない。
ただ、幼い頃より励んでいた弓ならば誰にも負けないという自負がある。
故に詩音は弓士の道を選んだのだ。
だがその弓が封じられた今、彼女には剣を振るう以外の選択肢がなかった。
されど、奏多の剣技にさえ劣る詩音の剣が大和に届こうはずもない。
青藍に強化された状態であっても容易くいなされ、躱される。
悔しいが、それが己の力量だ。
(けど、ギリギリ……本当にギリギリだけど戦えてる)
大和ならば、詩音を斬伏せる程度容易いはず。
現に、危うい場面は既に何度もある。
しかしそうはならなかった。
というより、未だ誰も倒れていないのだ。
それは大和の実力を鑑みればおかしい。
大和は明らかにぎこちない動きをしていた。
おかげでこちらも大和の攻撃を受けずにいる。
その姿はまるで、何かに抗っているようで。
ひょっとしたらと詩音は思い至った。
(大和はまだ、完全には呑み込まれていないのかも……)
それならまだ可能性があるかも知れない。
理性を取り戻す可能性が。
しかしどうすれば取り戻せるのだろうか。
詩音には皆目見当もつかない。
いずれにせよ、まずは自由を封じる必要があるだろう。
今のままでは手の付けようがない。
ただ、それには今の戦力では、自分では力不足だ。
故に詩音は待っていた。
自身の足りない力量を補ってくれる仲間を。
(早く……早く来なさいよ……ッッッ!!)
大和を止められる可能性があるのは、あの2人を除いて他にいない。
しかし、ことはそう上手くは運ばない。
地面に描かれる円環の幾何学模様。
「〈中級風属性魔法:暴風域〉」
──マズイ。
全員が悟る。
大和の魔法は既に何度も目の当たりにしている。
どんな魔法かは分からずとも、如何に危険であるかは理解していた。
咄嗟に回避をしようとするも、大勢で取り囲んでいたのが仇となった。
退路が、ない。
「うあああああッッッ!!」
飛び交う悲鳴。
大和を中心として吹き荒ぶ風が、多くの隊士を吹き飛ばした。
幸いにも殺傷能力の高い魔法ではなかったが、しかし意識を刈り取るには十分な威力だ。
その被害は甚大である。
(やられた……)
辛うじて直撃を免れた詩音であったが、彼女が負ったダメージも決して少なくはなかった。
何より保たれていた均衡が、これで一気に傾くだろう。
もう長くは持たない。
いよいよかと思われたその時。
──空間が歪む。
不自然に、唐突に。
彼女達が現れたのだ。
「まったく、遅いっての……」
詩音は呆れたように、しかし笑みを零して溜め息を吐き出した。
どうやら間に合ったらしい。
現れたのは2人の男女。
1人は腰に2振りの刀を携えたどこかだらしない雰囲気を纏う男。
そして、もう1人は純白の軍服を着た見目麗しい女。
「わりぃ、遅くなった」
男は萎れた煙草を咥えたまま刀を抜く。
「やれやれ……」
一方、女は肩を竦めて長剣を抜き。
「随分暴れてるみたいだねえ、大和ちゃん」
ニコリと、頬を緩ませる。
国内ランキング5位天沢二郎。
国内ランキング2位九条亜空。
ここに現る。
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