Episode041:提案



 亜空が戦場に着くと、そこには既に凄惨な光景が広がっていた。

 多くの隊士が倒れ、地に伏している。

 亜空も名を知る猛者だけがどうにか立っているという状況であった。

 到着がもう少し遅ければ、あるいは全滅は必至だっただろう。

 倒れる隊士達の生死は不明だ。


 そしてこれを巻き起こした人物は、話題の新星、竜胆大和であった。

 どうやら、スキルに呑まれて暴走しているようだ。


 しかし、完全に支配されているわけではないらしい。

 でなければ、彼の力量を鑑みれば生存者などいるはずもないのだから。


 恐らくは耐え難い破壊衝動に抗っているのだろう。

 あれは辛い。

 気持ちは痛い程よく分かる。

 何故なら、彼女自身もまた経験したことであったから。


 あの時、亜空も多くの仲間を傷付けている。


 幸いだったのは、亜空の保有魔力がさして多くはなかったことだ。

 その為すぐに魔力が枯渇し、暴走は収まった。


 だがそれはあくまで一時的なものだ。

 スキルを使えば、また暴走することになる。


 では以降、彼女が如何にしてスキルを飼い慣らしているのか。

 それは──。



「これさ」



 亜空が指差した場所は自身の首であった。

 そこにあるのは、真ん中に赤い宝石が輝く黒いチョーカー。

 詩音はそれを一瞥して首を傾げる。



「それは?」

「【天使の讃美歌】の技術者達が開発したアイテムさ。これがあれば破壊衝動を抑えることが出来るよ」

「ならそれを大和に付けられれば……っ!」



 こくりと、亜空は頷いた。



「そうだね。確かにこれを付けられれば彼の暴走は止まる」



 けれど、と継いで。



「問題は、どうやってこれを彼に付けるかだね……」



 現在、大和を引き付けているのは、この中で最も〈ユニークスキル:傲慢〉の影響を受けない二郎だ。

〈ユニークスキル:鬼童丸〉によって鬼化した二郎が、青藍の援護を受けながら辛うじて抑え込んでいる。

 そこに付け入る隙などなく、ともすればチョーカーを付ける余裕など皆無だった。


 亜空の場合は魔力が底を尽きた為に暴走が止まったが、膨大な魔力を保有する大和にそれを望むのは難しい。

 先に二郎の魔力が尽きるのは明白だ。

 そうなれば、いよいよ打つ手がない。



 ──どうする。



「ひとつ、提案がある」



 思い悩む詩音に、亜空がピンと人差し指を立てた。



「詩音ちゃん。キミが彼の感情を揺さぶるんだ。そうだな、愛を叫ぶなんてどうだろう?」

「…………」



 何となく嫌な予感はしていた。

 彼女はお世辞にも真面目な人間とはいえない。

 しかし、あまりに予想外の提案だ。

 詩音の蒼い双眸が「アンタは何を言っているのよ」と雄弁に語る。



「おいおい、なんだいその目は」

「……こんな時にふざけるからでしょうが」

「心外だな。ボクは本気で言ってるんだけど? 戦闘に関して隙はないけれど、感情ならまだ隙がありそうだ。なら、そこを突くのが定石じゃあないかな? 実際、あの状態でも感情の揺さぶりは通用する。ソースはボク。揺さぶられた彼に少しでも隙が出来れば、そこからはボクの仕事だ」



 転移によって大和へ近付き、チョーカーを付けてみせると言う。

 思いの外まともな提案であった。

 通用するのならば、試してみる価値は十分あるだろう。

 しかし、詩音はどうしても腑に落ちない。



「それで、なんでアタシの愛を叫ぶって話になるのよ」

「だってそりゃあ」



 と、一拍置いて。



「──キミは、大和ちゃんが好きなんでしょ?」



 瞬く間にして、詩音の顔に血が上る。



「ファッ!? バッ、バッカじゃないの!? アンタ何言ってんのよ!?」



 冗談だと思っている内は何とも思わなかった。

 しかし、こうも断言されると途端に恥ずかしくなる。



「何って事実を述べているだけだけれど? キミは大和ちゃんを愛して止まないんでしょ?」

「あ、ああ愛して……っ! そ、そんなの事実無根よ!!」

「おいおい、あまりボクの情報網をバカにしないでくれよ。ちゃんと裏付けも取れてるんだから。キミは大和ちゃんが好き、それは断言出来る。なんなら今から皆に訊いて回ろうか? ねえ、皆──」

「あっ、わっ、ちょっ、ちょっと待ちなさない。わかった、認めるから! これ以上辱めるのは止めて!」

「初めから素直になればいいのに」



 やれやれと肩を竦める亜空を、詩音は恨めしげに睨み付ける。



「……アンタね、絶対良い死に方しないわよ」

「それで結構。ボクが望むのは良い死に方じゃあなく、良い生き方だからね」



 良い生き方。

 確かに、彼女程人生を謳歌している人間も少ないだろう。

 自由奔放、唯我独尊。

 返す言葉がない。


 だが、今はそんな軽口を叩いている場合ではなかった。



「アンタの言いたいことはわかった。でも、感情を揺さぶるのなら他にもやり方はあるでしょう?」

「あるにはあるよ。でも大和ちゃんの性格上、それが1番可能性が高い。なら、それを選ぶのが合理的でしょう?」

「……っ」



 詩音は悩んだ。

 確かに、大和へ想いを告げるつもりではあった。

 だが、それは少なくとも今ではない。

 故に気は進まなかった。

 しかし、亜空の言うように1番可能性が高いのならばそれを選ばないのは愚かだ。

 それに──。



「……わかったわよ」



 渋々提案を呑んだ詩音に、亜空は破顔した。



「そう言うと思ったよ。やり方は任せる。僅かでも隙が出来れば、後はボクに任せてくれていいから」

「ええ」



 そして、詩音はもう一度剣を構える。



「今、助けるから……」



 ──それに、この想いが救いになるというのならば、躊躇う必要などない。



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