Episode025:混乱



(これは一体何が起きていますのッッッ!?)



【星の街】支部長、豪炎寺朱里は自身の目に映る光景が理解出来ずにいた。

 突如として、1部の仲間が争いを始めたのだ。

 何が起きているのか分からない。


【大地の街】支部長、岩城恵を一瞥するが、彼もまた同様に目の前の出来事に狼狽えていた。



「どういうことだ豪炎寺!? 何故お前の所の人間が、俺の部隊を攻撃する!?」

「それはこちらのセリフですわ!!」



 いくら2人が怒鳴り声を挙げても、隊士達が止まることはなかった。

 まるで、何も聞こえていないかのように剣を振るい続ける。

 様子がおかしい。

 よくよく見てみると目は虚ろで、口の端から涎を垂らしていた。

 動きも無理矢理に動かされているようにぎこちない。



(スキル、ですわね……)



 大規模なスキルが何者かによって行使されている。

 他者を操るスキルなど寡聞にして知らないが、そう考えるのが自然だろう。

 となれば、術者を叩けばスキルは解かれるはず。


 だが──。



「──〈スキル:つっぱり〉イイイッ!!」



 パンツ一丁ならぬ、ふんどし一丁の力士の放った肥大化した掌を躱し、1度距離を取る朱里。

 一拍遅れて、頬から血が流れた。

 余波で切れてしまったらしい。

 滴る血をドレスの袖で拭う。



「大丈夫か!?」

「ええ……。掠り傷ですわ」



 だが、一撃でもまともにもらえば重傷は免れないだろう。

 最悪はそれだけで死ぬ可能性すらある。

 頑強な岩城でさえ、耐え凌げるかは怪しいところだ。



(これが、ランキング6位の力ですのね……)



 ──強い。


 格上であることは分かっていた。

 しかし、2人がかりで傷ひとつ負わせられないというのは流石に予想外だ。

 どちらか一方が倒れた時点で勝敗は決するだろう。

 故に、術者探しに意識を割いている余裕はなかった。

 この場から離れることは出来ない。



(マズイですわね……)



 このままでは全滅も時間の問題だ。

 せめて大和達がいれば、状況はまた違ったものになっていた。

 が、彼等の姿は既にここにはない。

 今頃は敵本陣に辿り着いている頃合だろう。

 となれば、この状況を覆せるのは自分達をおいて他にはいない。



(劣勢? 上等ですわ)



 この程度の修羅場は初めてではない。

 むしろ、戦いとはこうでなくては面白味に欠ける。



「──〈スキル:炎装〉」



 意を決した朱里の身体が燃え上がる。

 飛躍的に身体能力が上がったのを感じた。



「んっ、燃えてきましたわあ……」



 嬌声を漏らし、恍惚と頬を染める朱里。

 癖になりそうな感覚に朱里は身悶える。

 感情が昂るのを感じた。


 制限時間は、この炎が燃え尽きるまで。



「行きますわよオオオオ!!」



 朱里は深紅の大槌を両手で握り大地を駆ける。



「ハアアアッッッ!!」



 大槌と、丸太の様な力士の腕が交差した。



(意味が分かりませんわ)



 何故、生身で大槌を受け止められるのか。

 まるで岩のような手応えだ。

 いや、スキルなのは分かっている。

 しかし、あまりにも道理に合わない。



〈スキル:鋼化〉



 それが、力士の有するスキルの名だった。

 珍しいスキルというわけではなく、とりわけ強力なスキルというわけでもない。

 むしろ世間一般では、所謂ハズレの部類に入る。

 強い衝撃をを受けると、その場所が文字通り砕ける。

〈スキル:鋼化〉はその名に反して脆いのだ。

 故に、本来であれば朱里の大槌とは相性が悪いはずであった。


 しかし、力士の〈スキル:鋼化〉は違った。

 朱里の重い一撃を容易に受け止める。

 研鑽に研鑽を重ねることで、何者にも破られることのない強固なスキルへと昇華させたのだ。

 生半可な攻撃は一切通じない。


 だが、朱里は臆することなく続け様に大槌を薙ぐ。

 打ち砕ける、とは思っていなかった。

 自身の力量は分かっている。

 悔しいが、実力不足だ。

 故に──。



「どけ!! 豪炎寺!!」



 力士に僅かな隙が生じた瞬間。

 背後から声がして、朱里は咄嗟に横へ跳ぶ。


 ──1人で足りないのならば、2人で力を合わせるのみだ。


 入れ替わるように力士の前へと躍り出た恵は、類稀な巨躯を駆使して、自身よりも遥かに体重の重い力士を持ち上げる。

 そして──。



「〈スキル:山嵐〉」



 高く背面に跳んだ。


 そのまま力士を硬い地面へと叩き付けるつもりだ。

 大抵の敵は、この技の前に倒れてきた。

 だが、力士を倒すにはこれでは足りない。



「〈スキル:岩剣山〉」



 剣の様に鋭い岩が、隆起した地面から無数に突き出る。

 当然、自身もダメージを受けることになる捨て身の一撃だ。

 しかし、躊躇っている場合ではなかった。



「うおおおおおッッッ!!」



 力士は受け身をとることさえ許されずに地面へと叩き付けられた。

 周囲に破片が飛び散り、粉塵が舞う。

 その中から飛び出してきたのは恵であった。

 数多の傷を負いながらも、どうやら無事のようだ。

 力士は未だ出て来ない。

 さりとて、これで倒せたとは思えなかった。



「爆ぜてあそばせ。──〈スキル:火輪樁カリントウ〉」



 高く跳び上がった朱里は、燦々と輝く杭を砂埃の中へと大槌で以て打ち込んだ。

 瞬間、爆散する地面。

 炎が舞い、黒煙が立ち昇る。

 熱気を帯びた爆風が周囲に吹き荒れた。


 これが、朱里のとっておきだ。

 タメが長い為に、2人であればこそ為せる技である。

 威力も申し分ない。

 さしもの力士もこれは堪えただろうと朱里は思う。

 恵も同じことを思った。

 だが──。



「〈スキル:ぶちかまし〉」



 刹那、炎の中から無傷の力士が現れる。

 その様は、まさしく弾丸と呼ぶに相応しい。

 軌道上にいるのは恵だ。

 衝突すれば、いかに恵であっても無事では済まない。



「岩城!!」



 咄嗟に叫ぶ朱里。



「むっ」



 反射的に躱そうとする恵であったが、力士の方が速かった。

 鈍い音がして、恵は後方へと吹き飛ばされる。



「グッ!!」



 辛うじて防御は間に合ったようだが、起き上がる気配がない。

 生死すら不明。

 しかし、今の朱里に他者の心配をしている余裕はなかった。



「〈スキル:つっぱり〉!!」



 巨大な掌が、眼前に迫る。



「──ッ!!」



 すかさず大槌を振るう朱里であったが、衝撃に耐えきれず大槌は手から零れ落ちる。

 大きな隙だ。

 当然、見逃してくれるはずもない。



「〈スキル:ぶちかまし〉」

「しまっ──」



 回避は間に合わない。

 これまでの人生が、一瞬にして脳内を駆ける。



(死──)



 死を覚悟したその瞬間であった。

 唐突に現れたひとつの影が、朱里の前に立ち塞がる。



「──〈スキル:反射〉」

「ごわすッッッ!?」



 弾かれて、ゴロゴロと地面を転がる力士。

 力士を弾いたメイド服の少女は、ふたつに束ねられた髪を揺らして肩越しに振り返る。



「無事……?」



【空の街】支部長、天沢二郎の片腕、鏡花子の姿がそこにあった。



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