Episode026:同盟



「──鏡ッ!?」



 どうして彼女がここにいるのか。

 花子は、目を覚まさない二郎に付き添っているはずだ。

 ここにいるわけがない。

 父親も同然に慕っている二郎から彼女が離れるとは思えなかった。

 故に、誰も無理に花子を戦場へ連れ出そうとはしなかったのだ。

 しかし、現実としてここにいる。


 目を瞬かせて驚く朱里。

 花子はそんな彼女の背後を指差して、僅かに微笑んだ。



「私だけじゃない」



 振り返った視線の先にあった光景に、朱里は言葉を失う。



「──えっ」



 軽く見積もっても5000人はくだらないであろう軍勢。

 各々の装備に【太陽の盾】のロゴが描かれている。

 中には見知った顔もあった。

【太陽の街】と【月の街】に所属する人間だ。

 おそらくは、こちらに向かっているという件の援軍だろう。

 しかし彼等はまだ到着するには時間がかかるはず。

 一体どうやってここまで来たというのだろうか。


 何より驚きであったのは、先頭に立っていたのが二郎だったということだった。

 彼は、当分目を覚ますことはないはず。

 しかし、どこからどう見ても間違いなく二郎だ。


 しかも落ち着いて見てみれば、半数近くが【太陽の盾】の人間ではなかった。

 だが、【悪魔達の宴】でもない。

 あれは……あの紋章は──……。



「天沢、これはどういうことですの!?」

「俺達の総長殿がやってくれたのさ」



 その言葉で、朱里は悟る。


 そうか。

 青藍が言っていたのはこれだったのだ、と。


【太陽の盾】ではなく、【悪魔達の宴】でもない紋章を掲げるユニオン。

 その正体は【天使の讃美歌】。

 国内ランキング2位の"九条亜空アクア"が束ねる大手ユニオンだ。

 その規模は【太陽の盾】にも引けを取らない。


 経緯は不明だが、彼女が味方についたのならば突如現れた軍勢にも得心がいく。

 九条亜空の有するスキルの能力は転移なのだ。

 彼女の力があれば、軍勢を運ぶのも容易い。

 本人の姿は見当たらないが、多分近くにいるのだろう。



(相変わらず規格外ですわね……)



 1度だけ戦闘している姿を見たことがあるが、あれは化け物だ。

 後にも先にも彼女以上の怪物は見たことがない。

 敵に回れば最悪だが、味方であるならばこの上なく心強い。

 これで、戦力は圧倒的にこちらが優位になっただろう。


 しかしながら、二郎がここにいる理由だけは分からなかった。

 何者かが治療したのだろうが、【太陽の盾】でも随一の回復スキル持ちである青藍ですら治せなかったものを、一体誰が……?

 疑問は尽きぬままであったが、考えるのは後だと朱里は思考を放棄する。



「さあて、悪党共。一気に畳んでやるぜ」



 そう言って二郎が抜いた刀には鍔がなく、青白い不気味な輝きを放っていた。





 ♦





 遡ること2日前。



「やっ、昴ちゃん。久しぶりだねえ……」



【太陽の盾】の総長を務める昴を、とある人物が訪ねていた。


 女性にしては高い身長。

 茶色の髪は肩よりも上とやや短い。

 仄かに色付く唇は薄く、鼻筋はスっと通っている。

 垂れ下がった目尻が、おっとりとした印象を与えた。

 外見的な歳は20歳を過ぎた頃であるが、彼女の実年齢を知る者はいない。

 一説では、30歳を過ぎているとの噂もある。


 彼女の名は九条亜空。


【天使の讃美歌】ユニオン長その人である。



「久しぶりだな、亜空。息災だったか?」

「見ての通り、元気ハツラツだよ。昴ちゃんも元気そうでなにより」

「ま、かけてくれ」

「うん」



 昴に促されて、亜空は長いピアスをしゃらんと揺らしながらソファーへと腰掛ける。

 そして、ソファーを撫でながら感嘆の声を漏らした。



「へえ……流石は【太陽の盾】。良い職人がいるね」

「……やらんぞ?」



 怪訝に眉を顰める昴に、亜空は「やだなあ」と肩を竦める。



「そんなことしないよ」



 そうは言っても信用ならないのが九条亜空という人間だ。

 彼女に煮え湯を飲まされた人間は数しれない。

 絶えずニコニコと笑顔を取り繕ってはいるが、その下では何を考えていることやら。

 相変わらず食えない人間だと昴は思う。

 しかし、それはともあれ──。



「お前が直々にここに来た、ということは、例の件を呑んでくれるということで良いんだな」



 亜空がここを訪れたのは、昴からとあるメールを貰ったが故であった。


 その内容は【太陽の盾】と【天使の讃美歌】の同盟の締結について。

 以前より友好的な関係であった両ユニオンには、かねてより同盟の話が持ち上がっていたのだ。

 大手ユニオン同士の同盟には互いに様々な利益があるが、昴としては【悪魔達の宴】への牽制という意味合いが大きかった。


 が、それは先日までの話。

 既に戦争が始まってしまった今となっては牽制など何も意味はない。

 故に昴は、【天使の讃美歌】をこの戦争に巻き込むという方向へ軌道を変えたのだ。

【天使の讃美歌】が加われば、戦争は大きく優勢に変わる。

 彼女等にしてみても、ここで共同戦線を張れるのは悪くないはずだ、と。

 しかし昴の思惑は少しばかり外れることになる。



「まあ、ボクとしてもキミらと共闘して【悪魔達の宴】を潰すのは吝かじゃあない」



 だけどね、と継いで。



「それじゃあボクらの旨味が少ないかと思うんだよ。別にボクらはキミ達が負けたとしても、疲弊しているであろう【悪魔達の宴】を叩けばいいだけだからね。1対1なら、ボクは玉響一刻にだって負ける気はしないよ」

「何が言いたい?」

「つまり、同盟を結ぶにあたって、こちらとしては条件を設けさせてもらいたいのさ」



 ピクリ、と昴の眉が跳ねる。



「条件だと……?」

「そう」



 こくりと首を縦に振る彼女はニコリと頬を緩ませた。



「内容によるな。無理難題は承知しかねる」

「なに、そんなに難しい話じゃない。何人か人を貸して欲しいだけだよ」

「人を?」

「そう。ようは人材派遣さ」



 確かにその程度ならば何ら問題はない。

 しかし昴は、首肯するのを躊躇った。

 その訳は、亜空が口にした派遣して欲しいメンバーの名前にあった。



「確実に派遣して欲しいのは、ユニオン長の朝陽」



 それから、と紡ぎ。



「──竜胆大和、の2人かな」

「なっ……!?」

「なんで知っている? といった所かな? あんまりボクを嘗めないでくれよ。【太陽の盾】の有望な新人を知らないはずがないだろう?」

「……」



 流石と言う他ないだろう。

 大和はここぞという時の切り札になる。

 故に、大和についての情報は外部には伏せられていたはずだ。

 しかし、人の口に戸は立てられない。

 どこからか漏れてしまったのだろう。

 出来ることなら彼女にもまだ知られたくはなかったが仕方ない。

 昴は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。



「……その2人を使って、一体何をするつもりだ」

「同盟が締結した暁にはもちろん教えるけれど、まだ教えることは出来ないかな。だけど安心して欲しい。相応の働きは約束するよ」



 何が起きるか分からない現状で、朝陽と大和が2人揃って街を離れるのは正直看過出来ない。

 だが、背に腹はかえられなかった。



「……独断では了承しかねる。返事は朝陽に相談してからでいいか?」

「もちろんっ」



 その後、朝陽の了承を得て、両ユニオンは同盟の締結へと至った。


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