Episode024:四日目



 開戦からおよそ1時間後。

 俺は先発隊を含む2000人程の隊士を率いて敵本陣へ向けて進軍していた。

 士気は上々。

 順調だ。

 順調過ぎて正直肩透かし感が否めない。

 今の所苦戦らしい苦戦もないまま、敵本陣は目前へと迫っていた。



「なにか変ね……?」



 隣で剣を振るう青藍が怪訝に眉を潜めた。

 後方支援タイプの青藍であるが、決して戦えないわけではない。

 雑魚相手なら何ら問題はなかった。



「ああ」



 勢いが足りてないというのもあるが、敵の数がやけに少ない。

 こちらと五分か、あるいはそれ以下だ。

 特に妙なのは武蔵野力士以外の幹部の姿が見当たらないこと。

 一体何が起きているのか。

 これを好機と捉えていいのかは微妙なところだが、ここで足踏みしても仕方ない。

 俺達の狙いは昨日に引き続き玉響一刻の首級なのだから。

 後のことは、残る部隊に任せよう。



「一気に攻めるぞ」

「ええ」





 ♦





 集めた情報によれば、人質は街の外れにある巨大な倉庫の地下に収容されているらしい。

 通りで街中を探しても見付からないわけだと暁斗は思う。

 地下に囚われていたのでは見付かるはずもなかった。


 倉庫の前には警備が5人。

 中身は食糧ということになっている。

 この世界において食糧は言うまでもなく貴重だ。

 貴重なのだが、比較的安全な街の中でこの警備は些か過剰であるように思う。

 情報はおそらく正しい。


 後は踏み込むのみ。

 中がどうなっているかは不明。

 だが、そう多くの敵はいないはずだ。

 何せ、大半の兵士は戦争に駆り出されているのだから。


 こちらの戦力はおよそ1000人。

 なるべく信用出来そうな者を選抜した。

 皆、人質を取られているものばかりだ。

【烏合隊】の内の僅か3分の1程度だが、十分だろう。


 なお、日向に情報を漏らした裏切り者は既に暁斗の手で以て始末された。

 殺したくはなかったが、また裏切る可能性がある者を野放しにはしておけなかったのだ。

 人をまとめる者として、時には非情にならなければならない。

 下手な甘さは命取りだ。


 町外れにあるせいか、人の往来は少ない。

 それこそ、皆無といっても差し支えない程に。

 これならば、一般市民に被害が出ることはないだろう。


【悪魔達の宴】にも戦闘スキル持ちではない住民も大勢いるのだ。

 しかし非常に重い税を課せられており、扱いは奴隷と相違ない。

 彼等彼女等もまた【悪魔達の宴】に囚われている人々であると言えるだろう。

 平穏な暮らしとは程遠い生活を送っている。


【太陽の盾】の勝利には、ここに住まう人々の命運も懸かっていた。


 そして、勝利の鍵を握るのは人質の奪還にあると暁斗は思う。

 なにせ、奪還に成功さえすれば隊が丸々ひとつ失くなるのだ。


 なおのこと失敗は許されなかった。


 暁斗は緊張を呑み込むように空気を取り込んだ。

 緊張で手が震える。



 作戦開始まで、3……2……1。



「──行くぞ」



 暁斗の声で、一斉に仲間達が動いた。



「な、なんだテメェら!?」



 狼狽した兵士達が行く手を阻まんとするが、たかが5人ではいないも同然だ。

 倉庫の入り口はあっさりと開かれ、暁斗を先頭に仲間達が雪崩込む。



「──待ってたぜェ」





 ♦





 ──その頃。


【悪魔達の宴】の拠点である【ヴァルハラ】では波乱が起きていた。

 剣持日向と【殺刃隊】の1部が謀反を起こしたのだ。


 洋館の広大な敷地。

 花々が咲き誇る美しい庭園にて、彼等は対峙する。



「おいおい、こいつはどういうことだい? 剣持君」

「見ての通りでござるよ」



 一刻の眼前に広がるのは、自身に刃を向ける1000人近い兵士。

 なるほど、どうやら彼等は自分と戦うつもりらしい。

 報告によれば、【烏合隊】の1部も人質の奪還に向けて動いているようだ。

 おそらくは、結託しているのだろう。

 馬鹿げていると思ったが、日向が協力しているのなら成功すると錯覚してしまってもおかしくはない。

 もっとも、あそこには彼がいるので成功することはないだろうが。


 彼は【悪魔達の宴】の中においても特に問題児である為に外に出すことが少なく、すると必然的にランキングも高くないが、その力量は上位ランカーに勝るとも劣らない。

【烏合隊】の連中ではを倒すことは出来ないだろう。


 可能性があるとすれば暁斗くらいのものだが、望みは薄い。

 彼の剣は敵を倒すのには向かない。

 決定打に欠けるのだ。

 しかし仮に暁斗が勝つようなことがあれば、それはそれで面白いと一刻は思う。



(しかし、僕も嘗められたものだ……)



 この程度の人数でどうにか出来ると思われているとは。

 いくら日向がいるとはいえ、そこまで弱いと思われているのなら癇に障る。

 たかだか1000人で何が出来ると言うのだろうか。


 だが、反乱分子の相手をするのも王の務めだ。



「いいよ。来なよ」



 ──王の力を見せてやろう。



「「「「「うおおおおぉ!!」」」」」



 兵達は一斉に駆け出した。



(しかし、念の為にをしておいて正解だったね……)



 ここにいる【殺刃隊】と人質の奪還に動いている【烏合隊】。

 両方を合わせれば、その数はおそらく2000人を下らないと予想される。

 今や数的有利はないと思っていいだろう。


 二郎が欠けているとはいえ、紛争地帯にいる幹部が力士1人では流石に厳しい。


 さしもの一刻もこの展開は予想外であったが、しかし不測の事態への備えはしてある。

 抜かりはなかった。



(まあ、あの少年は僕がもらうけどね……)



 素性は知らないが、涼を倒した彼ならばきっと楽しませてくれるに違いない。

 ひょっとすれば、二郎よりも──。



「ククッ……」



 返り血に濡れた顔を歪ませ、醜く微笑む。


 彼と遊ぶ為にも、ここはさっさと鎮圧しなければ。



「さて、ちょっと面白くなってきたね」



 戦いは終盤へ差し掛かっている。

 あるいは今日にでも決着がつきそうな、そんな予感がしていた。




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