Episode023:不協和音



 3日目の夜。

 幹部会にて、暁斗は【爆竜隊】が半壊したことを知った。

 いや、隊長の竜崎涼が討ち取られた上、兵の半数以上が戦闘不能では半壊どころか全壊だろう。

 実際、【爆竜隊】は解散となりそれぞれの隊へと振り分けられた。


 どうやら、竜崎涼は一騎打ちにて敗れたようだ。

 しかし、討ち取った人間の名は分からないらしい。

 なんでも、【太陽の盾】に所属する幹部の特徴とは一致しないとのこと。

 流石は日本に住んでいれば誰もが1度は耳にしたことのある大手ユニオンといった所だろうか。


 本来ならば、暁斗もあちら側であったはずだった。

 暁斗は妻の加奈子と共に【太陽の盾】の本拠地である【太陽の街】へ向かっていたのだ。

 あそこには、見知った人間が多くいる。

 2人がどこのユニオンにも入らなかった理由はそこにあった。

 しかし、運悪く途中で出会してしまった【悪魔達の宴】に捕らえられてしまい現在に至る。


 今の所、知り合いとは剣を交えずに済んでいるが、時間の問題だろう。

 もしも相見えてしまえば最悪だ。

 加奈子が人質に取られている以上、それでも戦わねばならないのだから。


 最も避けたいのは、息子の友人達と出会ってしまうこと。

 どうやら、彼等はここに来ているようなのだ。

 向こうの幹部なのだから当然といえばそうなのだろうが、出来ることなら来て欲しくなかった。

 何か手を打たなければ、近い内に戦うことになるやも知れない。


 それ故に、竜崎涼の死は幸運と言えるだろう。

 隊が1つ減ったことで、人質の監視の目が緩んだのだ。

 人質さえ奪還出来れば、連中に汲みする理由はなくなる。

 だからといって【太陽の盾】に許してもらえるとは思わない。

 既に彼等の仲間を何人も殺してしまった。

 それでも、知り合いと戦わずに済むのならそれで十分だ。



(……人の死が幸運つーのも、なんだか複雑だが)



 だが、人質を奪還するにはまだ足りない。

 失敗は死を意味する。

 監視の目が緩んだくらいではまだ実行に移すことは出来ない。


 どうしたものかと、自室で頭を抱えていると、不意に扉がノックされた。

 来客の予定はない。

 一体誰だろうかと思いつつ扉を開けると、そこに立っていたのは思わぬ人物であった。



「夜分にすまない」

「お前は……」



 そこにいたのは着流しの男。

 腰には刀を携えており、侍を彷彿とさせる風貌をしていた。

【悪魔達の宴】最高幹部の剣持日向だ。

 思わぬ来客者に暁斗は身構えて日向を睨む。



「……何の用だ?」

「少し話がしたい。入っても構わぬでござるか?」

「……」

「そう警戒せずとも、お主に何かするつもりはないでござる」



 逡巡する暁斗であったが、やがて日向を招き入れる。



「……入れよ」



 何かをするつもりならとうにされているだろう。

 自分では、この男に抗う術はないのだからと。

 それに日向の様子が何やらおかしいのだ。

 純粋にどんな話なのかが気になった。



「すまぬな」

「悪ぃが、もてなしてやるつもりはねえぞ」

「構わぬ」



 一体何の用だと思いつつ椅子に座るように促して、自身も向かい合わせに腰掛ける。



「それで、話ってなんだよ?」

「そうでござるな。手短に話そう。お主何か企んでいるでござろう?」



 ピクリ、と暁斗の眉が跳ねた。



「……なんのことだ?」



 暁斗には思い当たる節があった。

 同じ境遇の人間を集め、水面下で着々と準備を進めている人質の奪還計画だ。

 後は実行に移すのみだが、まさかここに来て情報が漏れてしまったのかと暁斗は思う。


 仲間の誰かが自分だけ助かろうと漏らしてしまった可能性は否定できない。

 同じ境遇にはあるが、ただ利害が一致しただけの関係だ。

 信頼に足るかと問われれば、微妙であった。

 カマをかけられている可能性もあるが、日向は妙に自信ありげだ。

 もしも誰かが口を割ってしまっていたら、計画はご破算である。



「ふむ……。惚ける、か……。まあいい。それなら、これからするのは拙者の独り言にござる」



 実は、と継いで。



「【烏合隊】の1部が怪しい動きをしているという情報を掴んだ。あろうことか人質の奪還を目論んでいるようでござる」



 やっぱりか、と暁斗は思った。

 計画が完全にバレている。

 お終いだ。

 誰かは分からないが、誰かに裏切りられたのだろうと悟る。

 しかしそれと同時に、何故"独り言"などと言ったのかが分からなかった。



「それで? お前さんは俺にその話をしてどうしてえんだ? 言っとくが、俺はそんな話知らねえぞ?」

「まあ、落ち着くでござるよ。この話にはまだ続きがあるんでござる」

「続き?」



 頷き、そして続く言葉に暁斗は目を大きく見開いた。







「──拙者、その者共に力を貸そうと思っているでござる」

「なん……だと……? そいつはどういう意味だ?」

「そのままの意味でござるよ」

「それは玉響と敵対するってことか?」

「無論」



 もしもそれが事実だとするならば、奪還計画が成功する可能性が跳ね上がる。

 ただ──。



「……わからねえな」

「何がでござるか?」

「お前さんがその連中に協力しようとする理由が、だよ。何の得があってそんなことをする?」

「至極当然の疑問でござるな。しかし、答えは単純明快」



 と、一拍置いて。



「──玉響一刻を、王の座から引き摺り下ろす為でござるよ」

「──ッ!!」



 日向から放たれた凄まじい殺気に、暁斗は思わず立ち上がった。

 たらり、と冷や汗が頬を伝う。



「正気かよ、お前」

「正気? 面白いことを言うでござるな。拙者は──否、この世界はとうに、正気なんて忘れてしまったでござろう」



 ──ああ、そうだった。

 この世はとっくの前から、狂気に満ちている。



「もし首謀者が見付かったら、拙者が協力者であることを伝えて欲しいでござる」



 日向はそう言い残して部屋を後にした。


 もし首謀者が見付かったら──なんて言っていたが、きっと自分が首謀者なのは気付いているだろう。

 だからこそ、この部屋を訪れたのだ。



(しっかし、まさかあの剣持が寝返るとはな……)



 日向は、【悪魔達の宴】の初期メンバーだと聞いている。

 一刻を除けば最古参だと。

 実際、日向の一刻に対する忠誠は厚いように見えていた。

 少なくとも、簒奪を目論むとは思いもよらなかった。


 だが、予兆はあったのだ。

 この所、2人は衝突することが増えていた。

 驚きこそすれ、そこまで不思議ではない。


 とは言え、信じていいものかと暁斗は悩む。

 日向の力量は申し分ない。

 計画に加えられれば、確実性はぐっと上がる。

 しかし、もしもこれが自身を陥れる為の罠であったとしたら、取り返しがつかないことになる。



「クソッ……どうすりゃいい……」



 しばし思い悩んだ結果。



(……こうなりゃヤケだ)



 暁斗は賭けに出ることにした。

 どうせバレてしまったのだ。

 ならば、日向を信用する他ない。



「こうしちゃいられねえ……っ!!」



 そうと決まれば、急ぎ仲間達に通達しなければ。

 思い立ったが吉日。

 決行は明日だ。


 こうして、暁斗達の命運は皮肉にも敵である日向に委ねられた。



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