Episode022:怒り
憤怒や怨嗟。
役場はそんな感情で満ちていた。
4日目の早朝。
まだ日も出ていない時間にそれは届けられた。
やって来たのは数十名の女性。
まともな食事が摂れていないのか皆やせ細っていて、顔は頬骨が浮き出る程に痩けている。
彼女達は皆、【悪魔達の宴】によって捕らえられていた人達らしい。
この戦争で近親者を亡くした為に追い出されたとのこと。
要は、人質としての価値がなくなったが故に置いておく理由がなくなったのだ。
にしても何故ここに?
無理矢理に参加させられていたとは言えここは敵地だ。
身内を殺した仇がいるかも知れない。
保護を求めるにしても、ここに来るのは間違いではないだろうか。
それに、連中が素直に解放したのも引っかかる。
奴等なら価値がなくなった時点で即刻殺してしまいそうなものだが。
しかし疑問はすぐに解消された。
彼女達は、ただ追い出されたわけではなかった。
とある物を運ぶようにと、命令されていたのだ。
「どうぞ」
差し出されたのは骨壷の様な黒塗りの箱であった。
数は10個。
その手のスキル持ちが確認した所、どうやら爆発物の類いではないらしい。
それでも何となく嫌な予感を抱きつつ、警戒しながら箱を空けると。
「──うっ……」
誰かが思わず声を漏らした。
──そこにあったのは、変わり果てた仲間の姿であった。
二郎さんの自衛官時代からの部下達。
場が凍りついたのも一瞬。
中身を知らされていなかったらしい彼女達は咽び泣き、仲間達は怒りに震えた。
鏡さんに至っては、我を忘れて彼女達に武器を向けた程だ。
いや、彼女だけではない。
1部の人間は、彼女達に襲いかかろうとしていた。
彼等と親しかった者達だろう。
ただでさえ二郎さんは未だに目を覚まさずピリついている状況なのだから無理もない。
気持ちは分かるなんて気安くは言えないが、もしも昴達が同じ目にあったら俺も同じことをしていたかも知れない。
奴等の行いはまさしく悪魔の所業だ。
とはいえ、彼女達もまた被害者なのだ。
武器を向けるべきではない。
「鏡さん、落ち着いて……っ!」
「どいて……」
憤慨する彼女を止めるのは中々に骨が折れたが、やがて諦めたように覚束無い足取りでふらふらとどこかへ行った。
多分、二郎さんの所だろう。
鏡さんは、昨日から一睡もせずにずっと二郎さんに付き添っている。
命に別状はない。
ただ、魔力の欠乏により意識を失っている。
俺がゲンサイと戦った時と同じだ。
当分目を覚ますことはないだろう。
二郎さんの抜けた穴は大きい。
大幅な戦力ダウンだ。
しかし、一方で士気は最高潮に達していた。
岩城さんと豪炎寺さんを筆頭に殺気立っている。
皆、今にも飛び出してしまいそうだ。
奏多に至っては本当に飛び出そうとして青藍に止められていた。
相変わらずだ。
しかし、これは明らかな挑発。
勢いに任せて突貫しては、それこそ連中の思うつぼである。
ここは一層慎重になるべき場面だ。
それにいくら士気が高まったとしても、数的不利は覆らない。
昨日は全体でいえば優勢に終わったと言えるだろうが、こちらが失った仲間の数も少なくないのだ。
人数の差でいえば、昨日の開戦以前よりはマシになった──程度のものだろう。
あるいは後続組と【星の街】の人間が加われば同数程度にはなり得るが、多分待っている余裕はない。
俺が敵なら、二郎さんが欠けている今日を狙う。
だが、どうやらその問題は解決する見込みがあるらしい。
「大丈夫。それは昴がどうにかしてくれるはずよ」
具体的なことは何も分からない。
ただ、青藍が大丈夫と言うからには大丈夫なのだろう。
青藍は、何の見込みもなしに軽はずみな言動はしない。
となれば、残るは俺の個人的な問題であった。
一つは両親のこと。
未だ、何も情報が掴めていない。
本当にいるのかさえ分からない。
もっとも、まだこの街に来て1日しか経っていないのだから無理からぬことではあるのだが。
時間が経つ程に焦りは募る。
ただ、2人共ランキングから名前は消えていないので無事には違いない。
それ故に、さしあたって深刻なのはもう一つの問題だった。
玉響に勝てるかどうか。
鏡さんの証言によると、玉響は相手の動きを止めるスキルを使っていたらしい。
真っ先に思い付いたのは、ユニークスキルの中でも最上級に当たると言われている"デドゥリーシン・シリーズ"。
匹敵するもので"アフェクション・シリーズ"と呼ばれるものも存在するが、相手の動きを止めたとなるとデドゥリーシン・シリーズの〈ユニークスキル:怠惰〉だろう。
厳密に言えば、止めているのは指定範囲内の時間だ。
非常に強力なスキルである。
まだ確証を得たわけではないが、二郎さんクラスの人間を止められるとなると他に心当たりがなかった。
1位なのも納得出来る。
これを討ち取るとなると、現状では俺でも厳しい。
"アレ"を使う意外に勝機を見い出せない。
しかし、四の五の言ってられる状況じゃないのは明白だ。
もしもその時が来たら、俺は躊躇わずに力を使う。
その後のことは、またその時に考えるしかないだろう。
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