Episode020:国内最強



 ──戦慄する。



(素手で受け止めるなんて、なんの冗談だよ……)



 それも、刀を押すことも引くことも出来ない。



「チィッッッ!! 〈スキル:螺子切り〉」



 二郎は大きく舌を打って、もう一方の手で握る刀を振るった。

 が──。



「おっと危ない」



 またしても、一刻は涼しい顔で刀を受け止める。

 そして、やはりこちらもその場に縫い付けられたかのように動かなくなった。

 しかし、それは想定内だ。

 二郎は柄から手を離し素早く距離を詰めると、一刻の顔を目掛けて拳を放った。

 一刻の両手は塞がれている。

 回避も間に合わない。


 ──はずだった。


 だが、二郎の拳は空を切る。

 一刻が紙一重で躱したのだ。



(ヤベッ……!!)



 振り上げられた右足が、二郎の胸を突く。



「──カハッ!!」



 くぐもった声を漏らしてたたらを踏む。

 鈍い音がした。

 肋骨が折れたのだろう。

〈ユニークスキル:鬼童丸〉のおかげですぐに回復はするが、痛みを感じないわけではない。

 二郎は悶絶するのを堪えながら一刻を睨みつけた。



「……い、痛えなこの野郎」

「肋を折ったはずなのに元気だね」



 一刻はそう言いながら、二郎の刀を放る。

 そして。



「やっぱり君は、壊し甲斐がありそうだ」



 凶悪に口を綻ばせる。

 あまりに歪んだ笑みに、二郎の背筋が凍る。


 ゾッとした。

 冷や汗が止まらない。

 勝てない。

 勝てる気がしない。

 二郎は直感的に悟る。


 勝てないと思ったのは初めてではなかった。

 朝陽、大和に続き3度目。

 大和が二郎を強いと感じている一方で、二郎も大和の実力を見抜いていたのだ。

 しかし、ここまでの畏れを抱いたのは一刻が初めてであった。


 こいつはヤバい。

 そう思う傍らで、二郎は大和の名に引っ掛かりを覚えていた。

 何かが引っ掛かる。

 もう少しで答えに辿り着きそうな所で、しかし二郎の思考は迫る一刻によって遮られた。



「僕と対峙しながら考え事とは随分余裕じゃないか」

「チッ……」



 放たれた拳を、交差した腕で防ぐ。

 喉に小骨が刺さった様な気持ち悪さがあるものの、考えている暇はない。



「良い反応だね」

「一々上から目線だな、お前は」

「当然だろう。僕は誰よりも高みにいるのだから」



 いけ好かないガキだと二郎は思う。

 だが、返す言葉がない。

 事実、この少年は日本の頂点にいるのだから。


 言葉を重ねながらも、二郎は一刻の熾烈な攻撃を捌いていた。

 一刻の拳撃や蹴撃は、なるほど1位というだけあって、確かに鋭く重い。

 それでいてこちらの攻撃は最初の刀での攻撃を除き、今の所全て躱されてしまうだから流石と言えるだろう。


 たが、どうにもならない程ではなかった。

 自分との間にそれほど大きな差があるようには思えない。

 畏れを抱く程ではなかった。

 では、先程感じた悪寒はなんだったのか。

 その答えはすぐに分かることになる。


 それは、二郎の拳が一刻を捉えたその時に起こった。


 直撃こそしなかったものの、一刻は回避出来ずに手の平で受け止めたのだ。

 一刻が、ニヤリと笑った気がした。



「──なっ!?」



 気が付くと、二郎の視界には靴底が写っていた。

 防ぐことさえ許されず、直撃した顔を覆いながらたたらを踏む二郎。



(今……一瞬で……)



 それまでは捉えられていた一刻の動きが、突如として加速した。

 いや、今のは加速などという陳腐なものではない。

 まるで、そこだけ時間が切り取られたような感覚であった。

 恐らくは、何かしらのスキルだろう。

 そして、それこそが一刻の力の真髄であると二郎は推断する。


 だが、何が起きたのかわからなければ対処のしようがない。

 このままではジリ貧だ。

〈ユニークスキル:鬼童丸〉の持続が切れれば、そこで終わる。

 それまでに攻略の糸口を見付けなればならないが、時間がなかった。

 強力なスキルである〈ユニークスキル:鬼童丸〉の魔力消費量は莫大なのだ。



「うおおおおぉ!!」



 二郎はがむしゃらに突貫する。

 とにかく、何かしらの手掛かりを見付けなければ話にならない。

 だが──。



(クソッ、まただ……)



 二郎はまたしても、一刻の拳撃をもろに受けてしまう。

 しかも、今度は続け様に3発。

 顔面陥没。

 内臓損傷。

 頚椎骨折。

 回復出来なければ、どれも致命傷となりうる傷だ。

 だが、悶えている暇もない。

 休む間もなく攻撃が繰り出される。



(何か、何かねえのか!? ──あ……)



 その中で、二郎はひとつだけヒントを見出した。



(そういえば、あの時も、今も……)



 それが正解なのかは分からない。

 だが、試してみるより他なかった。

 もしも仮定があっているとすれば──。


 二郎の上段蹴りを、一刻の手の平が受けようとした瞬間。



「──おや?」



 強引に蹴りの軌道を変えて、脇腹へと叩き込む。

 腕で防がれこそしたものの、漸くまともな攻撃が通った。

 それに、あの時間が切り取られたような妙な感覚もない。

 確信するにはまだ早いが、これは大きな前進だ。



(ヤツの能力の起点は恐らく手の平。あそこにさえ触れなければアレは起こらない)



 スキルの正体は不明だが、それさえ分かればどうとでも戦える。

 手の平に触れないよう細心の注意を払いながら、一刻を攻め立てた。

 すると、攻撃が通るようになったのだ。

 勝てる。


 しかし、尚も一刻は不敵に笑った。



「流石だね。もうそのタネに気付くなんて。今まで、看破したヤツはいないんだぜ?」

「オメーに褒められたって嬉しかねえよ」



 だが、これで確信した。

 ヤツは手の平で触れることでしかスキルを使えない。



「終わりだ」



 二郎は地面の刀を足で蹴り上げる。

 一刻に悟られぬよう少しずつ近付いていたのだ。

 回転しながら宙を舞う刀を掴み、高く振り上げる。

 拾えたのは一振りのみであったが、それで十分だった。



「〈スキル:剛力一閃〉」



 閃光の如く刃が駆ける。

 咄嗟の出来事に一刻は反応出来ていなかった。

 手の平は間に合わない。



(──討ち取ったッッッ!!)



 その時。



「〈ユニークスキル:怠惰〉」



 ──鮮血が舞った。



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