Episode019:ランキング5位



 ランキングはあくまでも指標に過ぎない。

 故に自分よりもランキングが低い者の方が力量が高いということはたまにある。

 それでも──。



(それでも、このおっさんの強さは異常だ)



 いや、正確には強くはないのだ。

 ただ、巧い。

 避けるのが。

 受けるのが。

 間合いのとり方が。

 ランキング5位の二郎を以てしても攻め切れない。

 暁斗の剣は、守りの剣であった。



「おい青年、さっきまでの威勢はどうした?」

「そっちこそ、逃げてるだけかよ」

「あー? 俺はお前さんを抑えてられればそれでいいんだよ」



 ──チッ、乗ってこねえか。


 二郎は内心で舌を打つ。

 事実、二郎が抑えられたことにより、周囲の戦況は停滞していた。

 このままではまずい。

 流れを持っていかれる。



「しゃあねえか……」



 本来ならば、最高幹部の為に温存しておく予定だったが、あまり悠長なことは言っていられそうもない。

 二郎はスウ、と息を吸い込んだ。



「──〈ユニークスキル:鬼童丸〉」



 グググ、と二郎の額から角が生え、歯が異様に発達し鋭い牙へと変化した。

 その姿は鬼そのもの。

 それだけではない。

 力が今までとはまるで違う。

 その脅威的な膂力を前に、暁斗は圧倒されていた。

 いなすことさえ許されない。

 躱すのもギリギリだ。

 純粋な筋力だけならば【悪魔達の宴】でもNo.1である【雷電隊】の隊長、武蔵野力士ですらここまでの怪力はない。

 二郎が刀を振るうと、大気が震えた。



(これがランキング5位の実力か……)



 馬鹿げている。

 だが、付け入る隙はあった。

 大きな力を得た代償とでも言うべきか、動きが大雑把になったのだ。

 先程までの繊細さは欠片も感じられない。

 これならばと暁斗は剣を振るった。

 ここに来て初めての攻撃だ。

 隙をついて袈裟懸けに振るわれた刃は、二郎の肩を深く斬り付ける。

 血飛沫が舞った。



「──ッッッ!?」



 驚いたのは斬り付けられた二郎ではなく、暁斗の方だった。

 傷がない。

 斬り付けたはずの傷が。

 白いシャツは破れ、赤く染まっている。

 だが、傷だけがなかった。

 僅かな動揺。

 それが大きな隙となる。



「くっ……!!」



 斬り裂かれたのは脇腹。

 辛うじて致命傷は避けたが、傷は深い。



(再生したのか……? この一瞬で……?)



 再生するスキルというのは聞いたことがある。

 しかし、こんなに一瞬で再生するものなのだろうか。

 にわかには信じ難いが、それ以外には考えられない。

 冗談じゃない、と暁斗は思う。

 二郎の動きが雑になったのは、気にする必要がなくなったからだ。

 逆立ちしても勝てる気がしなかった。

 気を緩めれば、一瞬で殺される。

 やはり無謀だったのだ。

 自分如きが、彼に挑むのは。

 それでも、ここで死ぬわけにはいかない。

 自分には護るべき家族がいるのだから。



「クッ、ソッ、タレエ……ッッッ!! 〈スキル:先見〉!!」



 視線や仕草、筋肉の動きから次の動きを予測するスキル。

 暁斗はこれまでも常に一手先を読むことで二郎の刃を見切っていた。

 しかし、そのスキルも今の二郎にはあまり意味がない。

 速すぎるのだ。

 頭では分かっていても身体が追いつかない。

 次第に傷が増えていった。

 至る所から流れる血液。

 しかし痛みはない。

 多量に分泌されたドーパミンが、彼の感覚を麻痺させていた。

 実力以上の力を発揮している。

 それでも尚、届かない。



「いい加減諦めろよ、おっさん!!」

「諦めたらそこで試合終了って知らねえのかよ!!」

「世代だよ!! 知ってるに決まってんだろ!!」



 出会い方さえ違えば、2人は良き友人、あるいは仲間となり手を取り合えたかも知れない。

 しかし2人は敵として最悪の出会い方をしてしまった。

 1度抜かれてしまった刃は、どちらかが倒れるまで鞘に収まることはない。

 もう、後には戻れなかった。

 玉響一刻さえいなければこんなことにはならなかったかも知れない。

 共に戦っていたかも知れない。


 ──だが皮肉にも、暁斗が待っていたのは全ての元凶たるその男であった。



「──合格だ」



 1人の少年が、2人の間に割り込む。



「はっ!?」



 二郎の顔が驚嘆に染まる。

 少年は、二郎の刃を素手で受け止めていたのだ。



「見ていたぜ、竜胆君。君にしては頑張ったじゃないか」

「うるせーよ」



 ふっ、と暁斗の肩から力が抜ける。

 こいつのことは心底嫌いだが、その実力は自分がよく分かっている。

 いっそここで負けてくれればとも思うが、奴が負けるイメージがまるで湧かなかった。

 悔しいが、玉響一刻という少年は、これまで出会った中で間違いなく最強だ。

 二郎も強い。

 強いが、こいつには及ばない。



「ガキ……。お前、なにもんだ……?」



 顔を顰める二郎の問いに、少年はニヤリと爽やかな笑みを浮かべてこう言った。



「日本最強、玉響一刻とは僕のことさ」



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