Episode018:忘却
一方、紛争地帯では激しい争いが起きていた。
二郎、恵、朱里の3名が率いるは各街から集められた隊士総勢7500人。
対する【悪魔達の宴】からは【雷電隊】、【殺刃隊】。
そして、これまで【悪魔達の宴】によって壊滅されたユニオンの残党と無所属であった人間を攫って無理矢理戦いに参加させている【烏合隊】。
総勢1万人。
相変わらず人数差は大きいが、僅かではあるものの昨日までとは違い押しているのは【太陽の盾】であった。
これまでとの決定的な違いは隊士達の倫理観である。
戦争が始まってから3日目。
隊士達は、人を殺めることへの躊躇いがなくなり始めていた。
むしろ、正義であると思い始めていたのだ。
嬉々として人を殺めているわけではない。
しかし、罪悪感などは最早欠片も残っていない。
仲間を守らねばという責任感と、仲間を殺されたという復讐心。
それと、殺らねば殺られるという強迫観念が徐々に隊士達の心を麻痺させていった。
故に二郎は、形成が逆転しつつある状況を手放しに喜ぶことは出来なかった。
今の隊士達の精神状態は、後に影響を及ぼしかねない。
正義の為なら人を殺してもいいという思考はかなり危うい。
諸刃の剣だ。
自制出来る人間ならば良い。
だが、そうでない者は病の様に蝕まれ、いつか壊れてしまう。
しかし、それを強いてしまっているのは他でもない自分自身なのだ。
それに、今を乗り切る為には水を差すことも出来ない。
正気に戻ってしまえば、風向きは再びあちらに向いてしまうだろう。
心境は複雑であった。
「じろー、どうした?」
隣を駆ける花子は、苦笑いを浮かべる二郎を心配そうに覗き込む。
「んー? いや、何事もままならねえ世の中だと思ってよ」
「そんなの、今に始まったことじゃない」
「……そうだな」
そうだった。
世界がこうなってしまったあの日から、今日まで変わらずにずっと理不尽なままだ。
「そんなことより戦いに集中して。ぼうっとしてると殺られる」
「あん? 俺が殺られる?」
──そいつあ、お前。
「死ねやあああ!!」
「ウヒョオオオ!!」
「ヒョエエエエ!!」
複数の男が一斉に二郎へと斬り掛かる。
が──。
「〈スキル:螺子切り〉」
男達の首が、回転しながら宙を舞う。
「──なんの冗談だ? 花子」
「……すぐ調子に乗る」
「バッカお前、調子に乗るってことは絶好調ってことだぜ?」
「屁理屈じじい」
「じじいじゃありませんん! まだ28ですう!」
「私からしたら、28は十分じじい」
「うっ……」
世間一般で見れば、アラサーとはいえ28はまだまだ若造の域である。
だが、16である花子からすれば紛れもないじじいだろう。
返す言葉がなかった。
二郎の敗北である。
もっとも、二郎が花子に口で勝てたことは1度もないが。
2人は軽口を叩きながらも後続する精鋭と共に敵を掃討していく。
風向きが変わり、少しゆとりが出て来たというのは確かにある。
しかし、理由はそれだけではなかった。
先程から敵に手応えが感じられないのだ。
殺意──というより、そもそもの戦意が感じられない。
理由はすぐに分かった。
(ああ、そうか……)
【殺刃隊】を相手にしていたつもりが、いつの間にか【烏合隊】に変わっていたのだ。
彼等は元々【悪魔達の宴】とは何の関係もない人間ばかりだ。
無理矢理戦うことを強いられているのだろうと二郎は悟る。
かえってやりづらい。
互いに望まない戦いなど不毛だ。
しかし、それでも二郎は心を鬼にして敵を斬り伏せる。
二郎や花子程の実力があれば、殺さずに捕虜にするという選択肢もなくはない。
だが、一般隊士にそれは無理だ。
生かすというのは殺す以上に難しい。
下手な命令をすれば、味方の犠牲が増えかねない。
それでは本末転倒だ。
故に二郎は甘さを捨てた。
望んでいないとはいえ、戦場に立っている以上、むこうにも相応の覚悟はあるはずだ。
一騎当千。
二郎を止めることは誰にも出来ない。
──かに、思われたが。
1人の男が、二郎の前へと立ち塞がる。
「そこまでだ」
甲高い音が鳴る。
ここに来て初めて二郎の刃が止められた。
「──あん?」
凛々しい顔立ちの壮年の男であった。
白髪混じりの髪を後ろへすきあげている。
「生憎、お前さんと戦うには些か力不足だが、これ以上仲間を殺させるわけにはいかねえんでな。悪いが、相手してもらうぞ」
男はそう言って剣を構える。
「あんた、何者だ?」
「【烏合隊】隊長、竜胆暁斗」
「隊長……」
通りで。
有象無象とはわけが違う。
だが、ランキングでは見たことのない名だった。
隠れた猛者なのだろう。
こういう奴はたまにいるのだ。
しかし、見たことのないはずの竜胆という苗字に何故か既視感がある。
一体どこで聞いた名だったかと思考を巡らせる二郎であったが、しかしどうにも思い出せない。
(……思い出せないなら大したことじゃねえだろ。考えるだけ無駄だ)
二郎はあまり熟考するタイプではなかった。
「おっさん」
「なんだ?」
「あんたにも戦わざるを得ねえ理由があるんだろう。同情する余地もある」
だけどな、と継いで。
「わりいが、加減するつもりはねえ」
「やるなら覚悟しろよ……と?」
「ああ」
「力不足とは言ったが、俺も簡単にゃやられねえぞ」
「上等」
そうして2人は刃を交わす。
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