Episode017:撤退



「──撤退だ!! 俺に続け!!」



 奏多の声で、様子を伺っていた隊士達が集う。

 敵も素早い反応を見せるも、突如として現れた目に見えない壁が敵を分断した。

 ──大和だ。



「どきやがれえええッッッ!! 〈スキル:爆剣〉」



 僅かに残った敵を蹴散らしながら、退路を拓く。

 朝陽の影に隠れてあまり目立たない奏多だが、その実力は国内トップクラス。

 雑兵ではまるで相手にならなかった。

 怒涛の勢いだ。



「こ、こいつら止まらねえぞ!?」

「ヤベェ!! 逃げられちまう!!」

「テメエら!! ドヤされんぞ!! 気合い入れろオラァ!!」



 しかし、気合いで埋まる実力差ではない。

 こうなればと敵は遠距離からの攻撃を試みるも、攻撃をする前に詩音によって討ち取られる。

 奏多達の行く手を阻む者はいなかった。



「ち、ちょっと大和は!?」



 敵も落ち着き始めた頃、奏多の隣に付けた詩音が叫ぶ。



「あいつは残って殿だ」

「はっ!? 1人で!? 馬鹿じゃないの!?」

「馬鹿なんだろうよ」

「止めなかったの!?」

「あいつは止めても無駄だろ」

「それはそうだけど……」



 詩音とて、大和の人となりは分かっているつもりだ。

 止めても無駄だろう。

 だが、いくらなんでも1人で残るなど無茶が過ぎる。



「……私は戻るわ」

「バカヤロー。戻っても足でまといになるだけだぞ」

「でも……」

「まあ、足でまといになりてえなら戻ってもいいけどよ」

「うっ」

「なあに、心配しなくたってあいつは帰ってくるさ」



 奏多に諭されたのは癪だが、ここは信じて待つのが吉なのだろう。



「……奏多のクセに生意気よ」



 こうして大和を除いた83名の先発隊は、誰1人欠けることなく無事に撤退を果たしたのである。





「あー、疲れたああ」



 敵影が見えなくなるで駆け抜けた所で、一行はようやく足を止めた。

 奏多はその場に座り込んで天を仰ぐ。


 疲れたには疲れたが、大和のおかげで大した苦もなく撤退することが出来た。

 隊全体としての疲労もそれほどではないように思える。

 大きな怪我をした人間もいない。

 だが。



「クソッ……」



 奏多は己の不甲斐なさに歯噛みする。

 甲殻蜥蜴、そしてゲンサイとの戦いで、奏多は自身の力不足を思い知らされた。

 故に退院してからというもの日々鍛錬に明け暮れていたのだが、それでも足りない。

 もしも自分にもっと力があれば、少なくとも大和を1人残さずに済んだはずだ。



(今のままじゃダメだ。もっと、もっと強くならねえと……ッ!!)



 でなければ、大和や朝陽と並び立つことなんて出来やしない。

 一体どけだけの鍛錬を積めば2人に追い付けるのか。

 2人の存在はあまりに遠かった。

 それでも、いつか必ず追いついてみせる。

 奏多は、改めて心に固く誓った。



「大和、大丈夫かしら……」



 不意に声がして目を向けると、そこにはいつの間にか詩音の姿があった。

 どうやら思考に耽け過ぎたらしい。

 近付いて来たことに全く気付かなかった。

 奏多は考えるのを中断して、ニヤリと下卑た笑みを浮かべる。



「なんだあ? 愛しのダーリンが心配か?」

「ダ、ダ、ダ、ドゥワアリンッ!? ア、アンタ、何言ってんの!?」

「いや、お前が何言ってんだよ」



 自分で揶揄しておいてなんだが、いくらなんでも動揺し過ぎだろう。

 思わずツッコンでしまった。

 昴といい詩音といい、いい歳してどうしてこうも恋愛になると頭が悪くなるんだろうか。



(……いや、詩音は元から馬鹿だったな)



 それを踏まえても頭が緩くなっている気はするが。

 苦笑いを浮かべた奏多は短く息を吐いて。



「……まあ、あいつは心配しなくても大丈夫だろ」

「それはそうだけど……」

「それでも心配せずにはいられないのが乙女心ってか? いやあ、恋する乙女は健気だねえ……」



 やれやれと肩を竦める奏多を、詩音は冷ややかな目で見下ろした。



「死ぬ? それとも死ぬ?」

「すみませんでした」



 からかい過ぎた。

 即座に土下座する奏多は、相も変わらず懲りない男であった。

【太陽の盾】では最早お馴染みの光景である。

 悲しい哉、最高幹部が土下座しているのにも関わらず気に留める隊士は1人もいなかった。



「全く……土下座までするなら初めから言わなきゃいいのに……。馬鹿なの?」



 呆れた様子で溜め息を吐く詩音。

 どうやら、本気で怒っているわけではないらしい。



「はい。馬鹿ですごめんなさい」

「はあああ……。アホくさ」



 もう行くわね、と踵を返して詩音は去っていく。

 鉄拳制裁はどうにか免れた。

 奏多はほうと胸を撫で下ろす。



「しっかし……」



 どうして大和はアレに気付かないのか。

 最早わざとなのではないかと思ってしまう。

 それが面白い所ではあるのだが、もどかしくもある。

 とはいえ、最近昴とは何やら進展があったようだ。

 本人達は普段通りのつもりらしいが、傍から見ているとよそよそしいのが丸分かりだった。

 それも自分だけではなく、皆が気付いている。

 詩音を除いて、たが。

 だからこそ奏多は焚き付けるように詩音を茶化しているのだが、それを詩音が知る由はない。



(昴は中々強敵だぞ、詩音)



 奏多が詩音に肩入れするのは、大和とくっつくのはどちらなのか陸と賭けているからなのだが、それもまた詩音が知る由はなかった。



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