Episode016:殿



 敵影を捉えたのは、竜崎を倒したのとほぼ同時であった。

 遠くに見えるのは特攻服の軍勢。

 数は軽く2000を超えている。

【爆竜隊】の本隊だろう。


 惜しかったな。

 竜崎がいなくなった今、連中が来なければ殲滅だって出来たのに。



「大和、どうする? アレもやっちまうかあ?」



 まだまだ力が有り余っているらしい奏多の問い掛けに、俺は首を横に振った。



「いんや、撤退しよう」



 元気なのは結構だが、それは1部の人間のみである。

 大きな怪我こそないものの、大抵の者は消耗していた。

 万全の状態でも厳しいのに、疲弊した今の状態では全滅する恐れすらある。

 幸い今はまだこちら側の死者は出ていない。

 撤退するなら今だろう。

 引き際を間違えれば、大事を招く。



「折角ここまで来たのに良いのかよ?」

「馬鹿言わないでよ」



 呆れた様子で現れたのは青藍であった。



「ただでさえ私達は少数なのに、元気なのはあなた達と詩音くらいのものよ? あの人数と戦えるわけないじゃない」

「それもそうだな……」



 腑に落ちない様子の奏多であったが、周囲を見渡して苦笑いを浮かべた。

 納得してくれたらしい。

 そもそも俺達は奇襲隊なのだから、見付かってしまった時点で作戦は失敗である。

 最高幹部の1人を討ち取れただけで僥倖だ。


 しかしながら、撤退するのも簡単じゃない。

 疲弊した今の状態では、いずれ追い付かれてしまうだろう。

 なればこそ、必要なのは敵を阻む壁。

 つまりは殿だ。

 大勢が生き残る為の、最小限の犠牲とも言える。

 そして。



「殿は俺がやるよ」



 それを務めるのは他でもない俺自身である。

 自己犠牲のつもりはない。

 合理的に考えた結果だ。

 被害を最小限に抑えるにはこれしかないと思った。

 俺1人なら、敵の進軍を妨げつつ無事に帰る自信がある。



「それは1人で残るって意味か?」



 奏多が、珍しく真面目な顔をしていた。



「ああ」

「本気で言ってんのか?」

「ああ」

「そうか……」



 やれやれと肩を竦める。



「やっぱ異世界帰りは頭おかしいぜ」

「お前におかしいとか言われたくないんだが?」



 絶対お前の方がおかしいからな。



「私も大和君はおかしいと思うわよ」

「青藍に言われると返す言葉がない」

「大和、俺の時と対応違くね? 差別だろ」

「差別じゃねーよ。区別だ」



 常識人の青藍と馬鹿の奏多で同じ対応なわけないだろ。



「どうでもいいけど、そろそろ行かないと連中来ちゃうわよ?」



 おっと、そうだった。

 あまり悠長にしている時間はない。



「普通指揮官が殿なんてありえねーけど、どうせ止めても無駄なんだろ?」

「よく分かってるな」

「分かった。なら、止めねーよ」



 けどな、と継いで。



「ぜってえ死ぬなよ? 死んだら殺すからな」

「死んだら殺せないだろ」

「お前ね……そーいうことじゃねえだろうが!」



 フッと笑った俺は。



「冗談だ。分かってるよ」



 死ぬつもりは毛頭ない。

 俺にはまだ成すべきことがあるからな。

 それに、昴とも約束したのだ。

 どこにも行かない、と。

 必ず生きて帰る、と。

 約束は守ってみせる。



「ったく……。んじゃ、行くからな」

「ああ、またな。そっちは任せたぞ」

「おう!」

「任せて」



 サムズアップして、奏多達は撤退していった。

 先にはまだいくらか敵が残っているが、あれくらいなら問題ないだろう。

 詩音が俺の名を叫ぶ声が聞こえる気がするが、きっと気の所為だ。

 うん、気の所為だということにしておこう。

 ……戻ったら、詩音にドヤされるかもな。

 そうしたら、甘い物でもご馳走様してやろう。

 ちょろいあいつなら、きっとそれで許してくれる。



「さて、もうひと暴れだ」



 俺を無視して奏多達の後を追う残党達に臆した様子はない。

 隊長が殺られたにも関わらず、だ。

 あるいはただの馬鹿なのだろうか。

 いずれにせよ、行かせるつもりはなかった。



「させるかよ。〈上級風属性魔法:滝風〉」



 背後に現れた見えない壁が、追っ手の行く手を阻む。

 突如として現れた見えない壁に20人程が押し潰された。

 残りの人間は身の危険を感じてたじろぐ。

 運が良い。

 もし先行していたら潰されていただろう。

 だが。



「ヒェッ、なんだよこ──カッ!?」



 怯んだ隙に、次々と首を狩っていく。



「そいつだけは逃がすんじゃねええッッッ!!」



 1人の男が俺を指差して叫ぶ。

 この中では上官に当たるのだろう。

 敵は一斉に襲いかかろうとするも。



「来るなら来い。ただし、命懸けろよ」



 睨みを利かせると足が止まった。

 危機を感じ取ったらしい。

 だが、足を止めるべきではなかった。

 何故ならそこには罠があるのだから。



「──ウッ」

「──ギャッ」

「──グエッ」

「──ダッ」



 火の矢が男達の額を貫く。


〈初級火属性魔法:火矢〉


 殺ったのは4人。

 他は咄嗟に防いだり躱したりしてやり過ごした。



「テメエ、ひ、卑怯だぞ!! 動いてないのにやりやがって!!」



 男の声に俺は思わず頭を抱えたくなった。



「何言ってんだよお前。これはお前達が望んだ戦争なんだろ? 子供のごっこ遊びじゃねえんだぞ? 散々命を弄んだお前等が、卑怯だなんてほざくなクズが」

「ウッ……」



 男は押し黙る。

 と、その時。



「なんだこいつは!? どうなってやがる!?」



 怒号が響く。

 本隊の到着である。

 消沈していた残党達は息を吹き返し、指揮官らしき男に歩み寄った。

 方々から聞こえて来る「副長!!」という声。

 つまりは【爆竜隊】のNo.2というわけだ。

 何かを報告されているらしい男は次第にわなわなと身体を震え上がらせ──。



「──殺せえええ!! その男を生かして帰すな!!」



 お冠である。

 まあ、そりゃあ自分の所の隊長が殺られれば普通そうなるよな。

 迫り来る、2000を超える兵隊。

 さしもの俺もこの人数と戦うのは些か骨が折れる。

 魔力は多い方だが、無限にあるわけじゃないのだ。

 だがそれは、まともに殺り合えばの話。

 真っ向から殺り合うつもりなんてハナからなかった。



「──〈聖天級雷魔法:火雷神の鉄槌〉」



 炎を纏う極大の雷が地上へと降り注ぐ。

 轟く雷鳴。


 そりゃあ、あれだけ時間を貰ったのだ。

 聖天級の1発くらい撃ちますとも。

 相変わらずとんでもなく魔力を持っていかれるが、その分効果は絶大だった。

 一撃で半数が消し飛んでいる。

 全滅出来れば言うことなしだったが、流石にそれは無理だった。

 戦意を奪えただけでも御の字だろう。

 少なくとも、俺を追ってくる余力はありそうもない。


 踵を返して、奏多達の後を追う。

 時間をかければ殲滅も可能だろうが、今ので更に敵が寄ってくる可能性がある。

 湧き続ける敵と戦うのはごめんだ。

 それに、聖天級の魔法を使った為に魔力残量も心許ない。

 ここらが引き際だろう。



 ──ん?



 目まぐるしく移りゆく景色の中。

 視界の端に異質なものを捉えて、俺は思わず足を止めた。

 それは、年端も行かぬ少年であった。

 中学生にも、高校生にも見えるあどけない顔立ちの学ラン姿の少年。

 特筆すべき点のない至って普通の少年だ。

 しかし、戦場からはやや外れているとはいえ、荒廃した街に1人佇む少年はあまりに異端だった。

 ひょっとしたら隠れ住んでいた生存者かと思ったが、あまりに小綺麗過ぎる。

 何者だ?

 声を掛けようとして、しかし少年は泡沫の様に消えた。



「なんだったんだ……」



 えもいえぬ感情を抱きつつ、俺は皆の待つ【空の街】へと向かうのだった。

 去り際の少年の薄笑いを、脳裏に焼き付けたまま。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る