Episode011:詩音の想い



 大和達が寝泊まりする部屋は、【空の街】で最も背が高い高級マンション。

 その最上階だった。

 4LDK全室家具家電付き。

 その部屋が、幹部には各々にあてがわれている。

 というのもこの部屋。

 というかこのフロア全て。

【太陽の街】第1部隊の所有になっているのだ。

 人の往来が少ないこの街には宿泊施設など存在しない。

 しかし、第1部隊の人間が訪れた際に宿泊する場所がないのは困るということでこのフロアを買い取ったのだ。

 ちなみに、マンションの価格が高過ぎた為に買い手がつかず、金銭的余裕がある朝陽達が買い取ることになった、というのは余談である。


 今回の先発隊には第1部隊所属の3人が組み込まれている為、このマンションを使用するのは必然と言えた。


 ──その広過ぎる部屋の中で。

 詩音は1人、キングサイズのベットに寝転がりながら悶えていた。

 大和の部屋に招かれたのが原因だ。

 夕食後、部屋に戻ろうとした所を大和に呼び止められて21時に部屋に来て欲しいと言われた。

 いかに詩音とて、戦争の話であろうことは分かっている。

 何やら大和は真剣な様子であった。

 きっと、明日以降についての話だろう。

 しかし、そこから大人な甘い展開になるのではないかと期待してしまう。

 戦時中に何を馬鹿な……と思われるかも知れないが、むしろ逆だ。

 命が掛かっている戦時中だからこそ、何かあるのではないかと思ってしまう。

 時間も良い時間だ。

 朴念仁の大和でも、2人きりになればどうなるか分からない。



(べ、ベットにでも誘われたらどうしよう……ッ)



 そんなことになるはずがないと思いつつも、念の為下着は可愛いものを付けておく。



「い、一応よ。一応……何があるか分からないものね……」



 選んだ下着は黒。

 幼げな詩音にはやや婀娜やか過ぎるデザインだ。

 しかし当人としては気に入っており、いつかの為にと箪笥の中で眠っていた勝負下着。

 ついに日の目を見る時がやってきた。

 あるいは買ってから時間が経っている為キツイかも知れないと思ったが、いらぬ心配であった。

 何も変わっていない。

 思わず、少しくらい成長しろよと自分の胸にツッコンでしまうほど。



「それから……」



 と、詩音は服を漁る。

 以前から度々この部屋を利用している詩音は、部屋に自分専用の収納を造り、そこに大量の服や日用品をしまい込んでいた。

 収納には魔力認証のロックがかかっている為、もし違う人がこの部屋を使ったとしても詩音以外の人間には開けられない仕様になっている。

 これがあるおかげで、詩音は大した準備をせずとも【空の街】に来ることが出来たのだ。



「これなんかいいかしらね」



 詩音が取り出したのはゆっとりとしたカジュアルなデザインのセットアップ。

 色は白とベージュ。

 ラフ過ぎず、硬過ぎず。

 丁度いいはいい……のだが、いまいちパッとしない。

 どうせなりもうちょっと可愛いものを着て行きたい。

 普段は鎧ばかり着ているのだ。

 たまには可愛い私服を着てもバチは当たるまい。

 それに大和とだって、帰ってきてから私服で会ったのは歓迎会の時の1度きりだった。



「──いやっ、いやいやっ、別に大和に可愛いって思ってもらいたいとかそんなんじゃないからあ!!」



 ──って、誰に言い訳してるのよ……。



 それも、シャワーを浴びて下着までしっかり気合いを入れておきながら今更が過ぎる。

 そこまで考えて、詩音は溜息を吐く。

 自分はここへ何しに来たのだ──と。

 少なくとも、遊びに来たわけではない。

 だが、大和に招かれて舞い上がり過ぎてしまった。

 気が緩みすぎだと、詩音はピシャリと頬を叩く。



「──っっっ!? いったあ……ッ!!」



 思いの他強く叩き過ぎてしまったらしい。

 詩音の頬は赤く染まっていた。



「はあ……」



 思わず溜め息が漏れる。

 一体自分は何しているのだろう。


 ふと、昔のことを思い出す。

 大和と出会った頃の話だ。

 詩音は自分を特別な人間だと思っていた。

 何もせずとも周囲が勝手に持て囃し、甘やかしてくれる。

 なんでも思い通りになる。

 結果として、詩音は我儘かつ高慢な性格へと成長したのだ。

 クラスメイト達を侍らせ、気分はお姫様。

 そんな詩音に大和は──。



「お前何様だよ。馬鹿じゃねえの」



 と、一言。

 そんなことを言われたのは初めてだった。

 青天の霹靂だった。

 腹は立ったが、それと同時に興味を抱いた。

 自分にそんなことを言う竜胆大和とは、一体どんな人間なのだろうと。

 それから詩音は大和について回るようになり、次第に昴や朝陽達とも遊ぶようになった。

 そして気付いた。

 自分も他の子達と変わらない1人の子供なのだと。

 気付いたら、気持ちが楽になった。

 特別な者は特別でなければならないという重圧から解放されたのだ。

 詩音がアホの子と言われるようになったのはこの頃からである。


 大和は不思議な人間だ。

 特別何かに秀でているわけでもないのに、人を惹きつける魅力がある。

 人間性とでも言えばいいのだろうか。

 お人好しで、誰にでも分け隔てなく接する。

 それが詩音には心地好かった。

 心地好くて、いつまでも一緒にいたいと思うようになっていた。



 ──が。



 大和は突如として姿を消した。

 待てども暮らせども帰って来ない。

 詩音は泣いた。

 大和がいなくなってようやく気付いたのだ。

 心地好かったのも、いつまでも一緒にいたいと思うのも、友達だからだと思っていた。

 けれど、違った。

 そうじゃなかった。

 自分は大和に恋をしていたのだ──と。

 しかし、伝えるべき相手はもういない。

 気付くのがあまりに遅かった。

 だがそれでも、詩音の大和に対する想いは褪せることなく8年の時が流れた。

 そして今、大和はすぐそばにいる。

 今度は間違えない。

 いつか、だなんて言わない。

 今回の戦争が終わって街に帰ったら、想いを告げよう。

 本当なら今すぐにでも叫びたいくらいだが、今は大和の集中を欠くような真似はすべきではない。

 自分だって空気くらい読めるのだ。

 多分……。



「──あら、もうこんな時間」



 気付けば約束の時間は迫っていた。


 やはり、折角だから可愛い服を着て行こう。


 そうして詩音は、目一杯オシャレをして大和の部屋へと向かった。

 開口一番。

 怪訝な顔の大和に「お前、どこに行くつもりなの?」と言われるとも知らずに。



 ──こうして、様々な者の想いが交錯しながら、戦争は三日目へと突入する。


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