Episode012:フラグ



 ──朝日が昇る。

 それが開戦の合図だった。



「「「「「うおおおおおッッッ!!」」」」」



 各地で衝突が起きる。

 戦場となっているのは、かつて人類が営み文明を築いた場所。

 今となっては見る影もない。

 瓦礫と化した街。


 先陣を切るのは天沢さん率いる精鋭部隊。

 そこに【空の街】、【大地の街】、【星の街】の部隊が続いている。


 一方俺達先発隊はまだ後方に控えていた。

 迂回路で敵の本陣を目指すつもりだ。

 狙うは王の首。

 玉響一刻である。

 被害を最小限に抑えるには、早急に戦争を終わらせる必要がある。

 となれば、頭を潰してしまうのが手っ取り早いだろう。

 ここまでは防戦一方だったようだが、ここからは攻めに転じるつもりだ。

 後続組と【月の街】からの援軍を待つべきなのだろうけれど、それでは犠牲者は増えるばかりだ。

 それに、待っていたら父さんと母さんだってどうなるか分からない。


 不安要素があるとすれば、玉響一刻の能力が分からないということ。

 死人に口なし。

 相対した者は全て殺されてしまっているのだ。

 知っているのは奴の仲間くらいのものだろう。

 あるいは俺より強い可能性だってある。

 そうであった場合。

 俺はアレを使わなければならないだろう。

 だが、俺はまだアレを使いこなせていない。

 使おうとすると呑まれそうになる。

 呑まれてしまえば最後、もう戻ることは出来ない……かも知れない。

 だから、出来ることなら使わずに倒したい。



「よっしゃ!! んじゃあそろそろ行くか!!」



 奏多がパシッと拳で手の平を叩く。

 気合いは十分だ。



「ああ、行くか」



 進軍はゆっくりと、慎重に行われた。

 急いては事を仕損じる、だ。

 逸る気持ちはあれど、こういう時こそ慎重にならなければならない。

 俺達が警戒しなければならないのは【悪魔達の宴】だけではないのだから。

 何せここはモンスター溢れる世界。

 紛争地域は余程の大物でない限り近付こうとはしないだろうけれど、迂回路であるここに現れる可能性は十分にある。

 睥睨しながら、敵にも、モンスターにも見付からないように進む。


〈スキル:隠密〉と〈スキル:索敵〉を持つ斥候部隊に先行してもらい、俺達はその後を追う。

 彼等ならば、そう簡単には見付からないはずだ。

 ある程度進んだ所で休憩を挟み、またある程度進んだ所で休憩を挟む。

 なるべくなら体力は温存しておきたい。

 しかしそれでも、皆の体力は普段よりも消耗しているように感じた。

 いや、体力というよりも精神的疲労だろう。

 張り詰めた空気の中では、ただ歩くだけでも普段より消耗する。

 だが、流石は精鋭といったところだろうか。

 各々が各々のやり方で気を持ち直していた。

 これなら心配はいらなそうだ。



「後は無事に敵本陣まで辿り着ければ……」

「おまっ、大和、なんて恐ろしいこと言ってんだよ!?」



 俺の言葉に、突如として奏多が声を荒らげる。



「ん? なにが?」

「なにが? じゃねえよ。いいか? そういうのはフラグって言うんだよ」



 フラグ?



「……なんだそれ」

「『死んだか……!?』って言ったら生きてるし、『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ』って言ったヤツは大体死ぬ。フラグってはそういうもんだ。つまりお前が今言った『無事に敵本陣まで辿り着けば……』なんてのは最早、『何かありますように』って祈ってるようなもんなんだぞ!?」

「あ〜」



 ぽんっと手を叩く。

 思い出した。

 そう言えば、前にも奏多に同じような事を言われた覚えがある。

 だがあれはそう、確か。



「いやでもそれ、ゲームとか漫画の話だろ?」



 ここは紛れもない現実だぞ。



「大和。お前……フラグの収拾力を嘗めるなよ……?」



 キッと俺を睨む奏多の身体は、わなわなと震えていた。



「嘗めるなってお前……。そりゃあ大袈裟だろ」



 ──なあ? と詩音と青藍に目を向けると。



「いや、今回ばかりはアタシも奏多と同意見よ」

「そうね。今回は大和君が悪いと思うわ」

「なんだよお前らまで……」



 2人どころか、他の隊士までもがうんうんと頷いていた。

 まるで悪者だ。

 これが多数派同調バイアスというやつだろうか。

 まったく、そんな馬鹿みたいな話があってたまるか。



 ──そう思っていた時もありました。



 ことが起きたのは、敵本陣まであと3キロ程の地点。



「……ははっ」



 思わず乾いた笑みを零す。



「嘘だろ」



 そこにいたのは、4本の腕が生えた子供程の大きさの猿の群れ。

 四手猿の群れであった。

 数は30頭程。

 四手猿は気配を隠すのがすこぶる上手い。

 場合によっては、スキルすらも欺くほどに。

 だからこそ斥候部隊は気が付かず、気付いた時には囲まれてしまっていた。

 斥候部隊とてはちょっとばかり練度が足りていないようだ。


 戦闘は避けられそうもない。

 しかしまさか、こいつらが潜んでいるなんて……。

 通常、四手猿は自然の多い場所を住処にする。

 だからこんな廃れた人工物だらけの土地になんているはずないんだが……。

 ともあれ、奏多の言った通りになってしまった。


 な? だから言ったろ? とでも言いたげな奏多の顔がうざかった。


 しかし、この四手猿は何故にリーゼントっぽいヘアースタイルなのだろうか。

 しかも特攻服。

 どっから拾ってきたんだよ。


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