Episode010:ヴァルハラ


【悪魔達の宴】の拠点【ヴァルハラ】。

 元は【終わらない楽園】という名の中規模ユニオンが拠点としてした場所であったが、【悪魔達の宴】が略奪したのだ。

 同じ色の家、デザインの家が、等間隔にびしっと配置されており、まるで中世ヨーロッパを彷彿とさせる街並みである。

 その街の中心部に、一際異彩を放つ洋館があった。

 広大な敷地面積を有しており、その面積はおよそ街の5分の1を占めている。


 ここでは毎晩、幹部よる戦況報告が行われていた。

 集まっているのは最高幹部の4人と、幹部が1人。



「皆、今日もご苦労だったね」



 口を開いたのは若い優男だった。

 学ランを身にまとっており、高校生、あるいは中学生のようにも見えるあどけなさを残した少年だ。

 彼は、豪奢なテーブルに肘をついて柔和な笑みを浮かべる。



「──それじゃあ、今日の成果を聞かせてもらおうか」



 彼の名は玉響一刻。

【悪魔達の宴】ユニオン長その人であった。



「んじゃ俺から」



 と、1人の男が手を挙げる。

 青い辮髪の細身の男だ。

 身に纏うは竜の刺繍が施された白い特攻服。

 彼の名は竜崎涼。

 ランキング10位。

【爆竜隊】隊長を務めている。



「俺んとこは700人位は殺ったな。隊長クラスも何人か殺ったけどよ、どいつもこいつも腰抜けばっかだったぜ。【太陽の盾】には期待してたんだけどよ」



 ガッカリだ、と涼は肩を落とした。



「確かに。拙者の隊も同程度殺したが、骨のある人間はいなかったでござるな」



 そう言ったのは着流しを纏った侍風の男。

 ランキング7位。

【殺刃隊】隊長の剣持日向。



「おいどんもでごわす……。1000人程度は殺したでごわすが、残念ながら、おいどんとぶつかり合えるような漢はいなかったでごわすなあ……」



 はああ、と溜め息を零したのは重戦車のような大男。

 名は武蔵野力士。

【雷電隊】隊長。

 ランキング6位。



「やっぱ、下っ端ばっかいじめても面白くねえぜ? 若」



 涼に視線を向けられた一刻は、ニコッと微笑んでかぶりを振った。



「ダメだぜ、竜崎君。彼は──天沢二郎は僕の獲物だからね」

「ちぇっ、やっぱダメか」



 つまらなそうに天井を仰ぐ涼。

 いや、涼だけではない。

 日向と力士も落胆した様子であった。

 血気盛んな3人はこの所、力を持て余しているのだ。

 全力を出せる相手と戦えない。

 それがストレスとなっていた。

 唯一期待が出来る二郎ともボスからNGが出ている。

 このままでは、仲間同士での戦いに発展しかねない状況であった。



「さて、そんな3人に朗報だ」



 と、一刻は得意気に人差し指を立てて。



「どうやら向こうさんに援軍が到着したらしい」

「マジか!!」

「ほう……」

「ようやくでごわすか」



 3人の顔がぱっと明るくなる。



「これで俺達も本気を出せるってもんだぜ」



 パシッと拳で手の平を叩く涼に、力士は腕を組んで何度も頷く。



「当然、援軍の中に"明智朝陽"はいるんでござろうな?」

「いやね、それがいないみたいなんだよね」

「なっ!?」



 日向は驚きの声を漏らした。



「何故でござるか!?」

「さあ? それは僕にも分からないよ」

「拙者は明智朝陽とやり合えると聞いて、若に天沢二郎を譲ったでござるぞ!?」

「それは分かっているけれど、出てこないんだから僕にはどうしようもない」

「だが──」



 肩を竦める一刻に、日向は更に食い下がろうとして。



「──剣持君」



 玉響の表情から笑みが消えた。



「黙れよ」

「うっ……」



 日向の頬を冷汗が伝う。

 大の大人を、あどけない少年がたった一言で押し黙らせる。

 異常な光景であった。

 しかしここではそれが当たり前。

 王である一刻の言葉は絶対なのだ。

 逆らう者は容赦なく消される。

 例えそれが、彼等最高幹部であったとしても。



「……すまぬ。少々熱くなりすぎた」

「分かればいい。君の気持ちもよく分かるからね。寛大な僕は許してあげるさ」



 ところで、と継いで。



「君の報告がまだだったね、【烏合隊】」



 これまで、一言も発しなかった男を見据える一刻。



「……俺んとこは200人位は殺ったよ」



 重々しく口を開いた男を、一刻は嘲笑するように鼻を鳴らす。



「おいおい、随分少ないじゃないか。君の所は4000人いたはずだろう。それで200人? 何の冗談だい?」

「……【太陽の盾】は十分強えよ。寄せ集めのうちの隊じゃ、倍の数いても押されちまう」



 それに、と継いで。



「俺達はな、お前らと違って嬉々として人を殺せるほど狂っちゃいねえんだよ」

「君は……いや、君達は自分の立場が分かっているのかい?」

「……ああ」

「なら、もっと必死になるんだな。でないと──」



 と、一拍置いて。



「君達の大事な人が死ぬことになるよ」



 男は歯噛みする。

 人質さえいなければ、こんな戦いすぐにでも投げ出すのに、と。



「……まあいいさ。明日以降の活躍に期待しようじゃないか。期待を裏切るような真似はしないでくれよ?」

「……ああ、分かってるよ」



 男は眉間に皺を寄せて頷く。


 幹部会はこれにて解散となった。

 男は席を立つと、足早に部屋を後にする。

 1秒でも奴等と同じ空気を吸いたくなかった。



「クソッタレが」



 奴等は狂っている。

 戦争をゲームか何かだと思っているのだ。

 子供がより強い対戦相手を求めるように、奴等は自分達と対等に殺し合える相手を求めている。

 人殺しに対する罪悪感など持ち合わせてはいない。

 だから、ああも容易く人を殺せるのだ。


 しかし自分達はそうではない。

 人を殺すことに躊躇いがある。

 罪悪感もある。

 だが、それでも戦うしかないのだ。

 殺すしかないのだ。

 でなければ、最愛の妻が殺されてしまうのだから。



「──加奈子……」



 男は最愛の妻の名をか細い声で呼ぶ。

 思い出すのは、かつて3人で暮らしていた頃の幸せな記憶。



 そして──。



「大和、お前はいったいどこに行っちまったんだよ……」



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