Episode002:悪魔達の宴



 役場は、俺のマンションから程近い場所にある。

 両親が見付かったという一報を受けた俺は我を忘れて、胡桃さんのことも忘れて、ついでに家の鍵を締めるのも忘れて全力で役場までの道程を駆けた。

 そして勢いよく総長室の扉を開く。



「──父さんと母さんの居場所が分かったって!?」



 ──しかし、その行動は迂闊だった。

 もっと良く考えるべきだったのだ。

 ここは総長室。

 基本的には御堂さんと昴の女性2人しかおらず、ノックをしない人間は普通いない。

 ともすれば油断することもあるだろう。

 着替えだってすることもあるだろう。

 つまるところ、昴は下着姿であった。

 顔を真っ白にして固まる俺。

 顔を真っ赤にして固まる昴。

 同じ固まるなのに、反応は対象的であった。



「シツレイシマシタ」



 俺はそっと扉を閉めた。



「よし、帰ろう」



 両親のことは気になるが、その前に自分の命が危ない。

 踵を返したその瞬間。

 ギイ、と閉めたはずの扉が音を立てて開く。



「大和? 何処へ行くのかな?」



 背後から感じる強烈な殺気。

 死んだと思った。

 何が怖いって、昴の声がいつになく優しいのだ。

 俺は息を飲んで緩慢と振り返る。


「よう、昴」

「やあ、大和」



 にっこりと微笑む昴。

 しかし、目が笑っていない。

 寒気がするのは気の所為じゃないだろう。



「じ、じゃあ帰るわ」

「待て。何故帰る?」



 逃走を試みるも、ガシッと肩を掴まれた。



「い、いやその……急用を思い出したから帰ろうかな、と……」

「そうか。なら私が還してやろう。──土に」

「おまっ、それ字が違っ……ぎゃああああ」



 曰く、俺の絶叫は役所の1階まで轟いたらしい。

 何があったは諸君等の想像にお任せする。



 ~完~



 冗談はさておき。



「お前な、部屋に入る時はノックくらいしろよ」

「す、すまん……」



 遅れてやって来た御堂さんに助けてもらった俺は、昴と向かい合わせに腰掛けて平謝りをする。

 悪いのは俺だ。

 でも、昴だって鍵くらいかけておけばいいのに……。

 油断し過ぎなんじゃないのか?

 いや、これ以上怒られたくないから言わないけども。



「まったく……。ふざけてる場合じゃないんだぞ」

「悪かったって……」



 それで、と継いで。



「父さんと母さんが見付かったって?」

「ああ」

「どこにいるんだ? 迎えに行くから場所を教えてくれ」

「……」



 閉口する昴。



「……? おい、どうしたんだよ?」

「……現在お前の両親がいると思われるのは【悪魔達の宴】というユニオンでな。実は私達とは敵対しているユニオンなんだよ……」



【悪魔達の宴】

 国内ランキング1位の玉響一刻を筆頭に上位ランカーが多く在籍するユニオンで、他のユニオンを傘下に加えながら勢力を拡大しているらしい。

 なんでも天下統一を掲げているようで、メンバーは血を好む荒くれ者ばかり。

 戦国時代でもあるまいし馬鹿げていると一蹴してやりたい所だが、奴等にはそれを成すだけの力があるようだ。

 現在、国内で最も巨大な勢力となっている。

 そして、連中の次の標的は【太陽の盾】であった。

 数ヶ月も前から緊張状態が続いているらしい。

 モンスターの暴動によって暫く音沙汰がなかったが、近頃はまた不穏な動きを見せているようだ。



「うちから手を出すことはないが、連中はいつ暴れだしてもおかしくはない。要するに戦争の1歩手前ということだ」



 ──戦争なんて、したくないんだけどな……。



 昴はそう言って肩を竦める。



「それにしたって、なんでそんな所にうちの両親がいるんだよ……? そもそも、その情報は確かなのか?」



 うちの両親は2人共温厚で、基本的には平和主義者だ。

 荒くれ者達が集う【悪魔達の宴】にはあまりにも似つかわしくない。



「情報元はうちの諜報部だ。間違いないと思っていいだろう。が、何故大和の両親がいるのかまでは分からん。分かるのは、どうやら所属しているというわけじゃなさそうだ、ということだけだよ」

「というと?」

「ランキングにユニオンの名前が乗っていないのさ」



 なるほど。

 となれば捕らえられている可能性が高い、か。



「よし、んじゃあちょっと潰してくるわ」

「待て待て」



 いてもたってもいられずに直様【悪魔達の宴】を潰しに行こうとする俺であったが、昴に制されて仕方なく椅子に座る。

 出鼻を挫かれた気分だ。



「なんだよ」

「なんだよじゃない。向こうはランキング10位以内の奴が4人もいるんだぞ。加えてそもそもの数が多い。お前1人じゃどうにもならんよ」

「むっ……」



 そうだった。

 この世界にはライゼンやゲンサイのような強敵もいるのだ。

 1人でどうにか出来るなんて驕っちゃならない。

 つい先日痛感したばかりだと言うのに、俺という人間はなんとも学習能力がないらしい。

 しかし。



「じゃあどうすりゃいいんだよ……」



 俺は溜め息を吐く。

 力づくが駄目なら、どうすれば良いのか分からなかった。

 脳筋? なんとでも言ってくれ。



「すまない。私達が手を貸してやれれば良いのだが……」



 昴は申し訳なさそうに眉を下げる。



「分かってるよ。【太陽の盾】は巻き込めないし、巻き込むつもりもない」



 1人で行こうとしたのは、昴達を巻き込みたくなかったからだ。

 無所属の俺はまだしも、【太陽の盾】の人間が1人でも関与すれば瞬く間に戦争へと発展する。

 それも、国内最大勢力の【悪魔達の宴】と、次点と言っても過言ではない【太陽の盾】との戦争だ。

 どれくらいの死者が出るのか想像もつかない。

 向こうはやる気満々のようだが、こちらとしては避けたいところだ。

 態々戦争の口実をくれてやる理由はなかった。


 いや、もしも俺が【太陽の盾】に住んでいる人間だと連中に知れれば、所属はしていなくとも結局は戦争の火種になりかねない。

 俺が原因で戦争になるのなんてごめんだ。

 つまるところ、手詰まりであった。



「どうしたもんかね……」



 と、天井を仰ぐと。



 コンコン



 総長室の扉を誰かが叩いた。

 御堂さんがはーいと返事をして扉へ向かうと、むこうから慌てたような声が返ってくる。



「そ、総長はいらっしゃいますかッッッ!?」

「いるぞ」



 なんか今日はこんなのばっかりだな。



「し、失礼しますッ!!」



 扉の向こうにいたのは見知らぬ男性隊士。

 狼狽しきっていて、ただならぬ様子だった。

 そして俺達は、彼の言葉に戦慄する。



「──あ、【悪魔達の宴】が攻めてきましたあああッッッ!!」



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