悪魔は地獄より這い出る
Episode001:穏やかな日々
──朝6時。
俺はジジジジジとけたたましく騒ぎ立てる目覚まし時計の音で目を覚ました。
凝り固まった筋肉を弛緩させてベット脇のカーテンを開くと、眩い光が部屋に差し込んだ。
今日は晴れだ。
窓を開けると、じっとりとした熱い風が吹き抜ける。
「今日は朝から暑いな……」
やはり、こちらの夏は暑い。
以前にも増して暑いような気がする。
異世界の涼しい夏に慣れてしまった俺には少々辛そうだ。
「閉めよ……」
冷房が無駄になる。
──2度目の災厄とも呼ぶべきモンスター達の暴動から2週間が過ぎた。
俺は目を覚ましてから3日後に退院し、穏やかに過ぎる日々を過ごしている。
地球に帰って来てからこっち。
ずっとバタついていたが、漸く少し落ち着いてきたという感じだ。
ここは、昴が用意してくれたマンションの一室。
地上50階。
4LDK。
バストイレ別。
バルコニー付き。
【太陽の街】で最も高級なマンションだ。
良い家だが、男の一人暮らしでは正直持て余してしまう。
しかし。
「これは街を救ってくれた大和への正当な報酬だ」
と、言われてしまったのでありがたく頂戴することにしたのだ。
今は殆どが空き部屋だが、いつか両親が帰って来た時のことを思えば丁度いい広さだろう。
「──行ってきます」
身支度を整えてから部屋を出る。
ランニングの時間だ。
「ほっ……ほっ……ほっ……」
マンションの近くには大きな公園がある。
自然豊かな公園だ。
定番のブランコや滑り台は勿論、巨大アスレチックも設けられていて、昼間はちびっ子達で賑わっている。
しかし早朝である今は静かなものであった。
いるのは、俺と同じようにランニングをしている人か、散歩をしている人くらいだ。
顔触れも大体毎日同じ人。
退院してから毎日ランニングしているせいか、もう皆顔見知りである。
──モンスター達の暴動から、俺は昴達と同じくらい有名になってしまった。
少々派手に立ち回り過ぎたらしい。
目立ちたくはなかったが、仲間を助ける為だったのだから仕方ないだろう。
時には妥協も必要だ。
しかし、挨拶をする人はいても立ち止まってまで話し掛けようという人はいなかった。
どうやら俺にも昴達と同様のルールが適応されているようだ。
正直助かる。
いつものように1時間程でランニングを終えた俺は、家に帰ってシャワーを浴びてから朝食を作る。
メニューはトーストとサラダ、それと野菜スープ。
それを食べ終えたら家事をこなして、バルコニーで育てている花に水をやる。
花弁1枚1枚それぞれ違う色の花を咲かす【虹花】という植物だ。
近所の花屋に売っているのをみかけて買ってきた。
日本の、というかこの世界の花じゃない。
異世界の花だ。
恐らく、鳥系のモンスターが運び入れたものだろう。
異世界でも育てていた花だ。
まさか、こっちに帰って来てまで育てることになるとは思わなかった。
母さんは花が好きな人だった。
家の庭にはいつも彩り豊かな花で賑わっていたのが思い出される。
今はまだ虹花だけだけれど、少しずつ花を増やしていこう。
かつて家族で住んでいた家のように。
母さんはきっと喜んでくれる。
父さんは多分、微妙そうな顔をするだろうな。
あの人、昔から虫が苦手だから。
また家族で暮らせる日は来るのだろうか……。
俺は穏やかに過ぎる日々を過ごしながら、2年前災厄が起きた日の両親の動向を探っている。
近所に住んでいた人も何人かは無事で話を訊くことも出来たが、両親の動向については誰も知らなかった。
唯一、家の3軒隣に住んでいたおばちゃんが、どこかに出掛けていくのを見た気がすると言っていたが、記憶も曖昧でどこまで信用出来るか分からない。
この街で出来ることは、もういよいよなくなってきていた。
となれば、やはり街を出て探しに行くしかないか。
アテはないが、ここで何もせずにいるよりマシだろう。
しかし、一方で昴達が心配でもある。
あれから、未だ何も変化は起きていない。
ゲンサイの言葉を鵜呑みにするわけじゃないが、いつ何が起きてもおかしくない状況だ。
昴達は気にしなくていいと言ってくれているし、朝陽達なら大丈夫だろうと思いつつも気になるものは気になる。
後ろ髪を引かれてしまう。
もっとも、俺はまだ正式にユニオンの一員になったわけじゃないのだが。
待て。
皆まで言うな。
中途半端だと言いたいんだろう?
分かっている。
だけど、どうすればいいか分からないのだ。
誰か俺にアドバイスしてくれないだろうか。
──ピンポーン
不意に呼び鈴が鳴った。
誰か来たらしい。
「はーい」
特に約束はしていないので、誰だろうと思いながら足早に玄関へと向かうと聞き覚えのある声がした。
「ご、ごめんくだひゃいっ! 竜胆さんいらっしゃいますかっ!?」
昴の秘書である御堂さんの声だ。
どこか慌てたような声色だった。
ちょっと待ってくださいねと玄関の扉を開ける。
すると、御堂さんは肩で息をしながら額に汗を滲ませていた。
「ど、どうしたんですか?」
いったい何事だと訊ねると、彼女はふうと息を整えてゆっくりと口を開く。
「急いで総長室に来てください」
と、一拍置いて。
「──竜胆さんのご両親が見付かりました」
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