Episode024:質疑応答



 結果だけ見れば、圧倒したように見える此度の戦い。

 しかしその実、勝てたのはギリギリだったと思う。

 特に最後はヤバかった。

【守護の首飾り】がなければ、あるいはやられていたのは俺の方だったかも知れない。


 俺は【守護の首飾り】の能力をあえて遮断していた。

 これは驕りとかじゃなくて、ただ純粋に魔力を節約したかったからだ。


 自動で障壁を張ってくれる首飾りの能力は確かに強力なのだけれど、その代わり攻撃が来ようと来まいと常に魔力を流し続けていなければならないのは長期戦において大きなデメリットとなる。


 故に、首飾りへの魔力の供給はしていなかった。

 しかし、本気を出すと言ってからは魔力を流しておいたのだ。


 とは言え攻撃を受けるつもりはなかった。

 おっさんの一撃には、必殺の威力がある。

 まともに貰えば、俺とてタダじゃ済まない。

 首飾りの能力でも防ぎ切れるかどうか自信がなかった。


 首飾りの能力はあくまで保険。

 全ての攻撃は避けるかいなすつもりだったのだ。

 だから最後は本当に焦った。


〈スキル:波勁紋〉は1日に1度しか使えない上に魔力の消費も激しい。

 しかしその反面、俺の持つスキルの中でも、1、2を争う威力を誇る。


 それを食らって尚も倒れないどころか、あまつさえ反撃してくるとは……。

 それも、型に嵌らない一閃であったが故に一瞬反応が遅れた。


 一瞬と言えど、あの戦闘においては十分過ぎる程に大きな隙だ。

 もし、首飾りの障壁を破られていたらと思うとゾッとする。


 しかしもしも武器を使っていたのなら、結果はまた違っていたものになっていただろう。

〈スキル:波勁紋〉の威力が高いというのはあくまでも素手ならばの話。


 剣を使えばここまで苦戦することはなかったし、おっさんは多分死んでいた。

 殺さずに勝利するというのが絶対条件だった為に、武器を使うわけにはいかなかったのだ。


 加減して武器を扱うことが下手というのもあるのだが、俺の所持する武器やスキルは殺傷能力が高過ぎる。

 生かして倒すには、素手でやり合うくらいが丁度いい。


 さりとてそれを抜きにしてもおっさんは強かった。

 地球人は異世界人と比べたら弱いと勝手に思い込んでいたけれど、地球にもこんなに強い奴がいたのだと考えを改めさせられた程に。


 あるいは第1部隊も、このおっさんと同じくらいの強さなのだろうか。

 だとしたらあの御守りはいらぬ世話だったかも知れない。


 さて、そろそろおっさんを起こそう。

 おっさんには訊きたいことがあるのだ。



「おっさん、起きろ。おい、おっさん」

「……」



 揺さぶって声をかけるが目を覚ましそうにない。

 仕方ない。



 ピシャンッ!!



「──……んっ……?」



 やむを得ず頬を平手打ちすると、おっさんは漸く目を覚ました。

 ビンタくらいでは目を覚まさないだろうダメージを与えたつもりだったんだが……。

 流石の丈夫さだ。



「……小僧」

「目は覚めたか?」

「ああ……」



 と、呟いたおっさんは大きく息を吐き出す。



「俺は……負けたのか……」

「そうだよ」

「そうか……」



 おっさんは、ひどく満足気な表情を浮かべていた。

 まるで負けることを望んでいたかのようだ。



「悔しくないのか?」

「バカヤロウ。悔しくねえわけねえだろ」



 だがな、と継いで。



「それ以上に、なんか清々しいんだよなあ……。こんな喧嘩は久しぶりだ。楽しかったぜ、小僧」

「そりゃよかったな。俺は全然楽しくなかったけど」



 肩を竦める俺に、おっさんは渇いた笑みを零す。



「クカカッ……つれねえ野郎だ。──……んで、何が知りてえ?」

「妙に潔いいな」

「敗者は勝者に潔く従うのが筋ってモンだ」



 それがおっさんの信念なのだろう。

 素直に話してくれるのは助かる。

 拷問なんて、俺の趣味じゃない。



「まず、モンスターをけしかけたのはおっさんで間違いないのか?」

「ああそうだ」

「何故?」

「お前を足止めする為だ。俺が出向いたのもそれが理由だな」

「俺を足止め……いったい何の為に?」

「知らねえ。俺は指示に従っただけだからな」

「あんたに指示したのは誰なんだ?」

「それは死んでも答えられねえな。仲間を売るわけにはいかねえからよ」



 ライゼンは澱みなく答える。


 なるほど。

 それもまたおっさんの信念というわけか。

 これを割らせるのは骨が折れそうだ。

 多分、拷問した所で簡単には吐かないだろう。

 仲間がいると分かっただけでもよしとしよう。



「なら質問を変えよう。どうやってモンスターを操ったんだ?」

「〈ユニークスキル〉だ。ただ、俺のじゃねえし、誰のなのかも答えられねえ」



 やはり、か。

 可能性があるとすればそれしかないとは思っていた。

 俺としては、あまり当たって欲しくない推測だったのだけれど。

 まったくとんでもないスキルがあったもんだ。



「これ以上モンスターは来ないのか?」

「来ねえよ。だからこそ俺が出張ったんだ」



 ──まあ、野良のモンスターは知らねえけどな。



 おっさんはそう付け足した。



「ふむ……」



 敵の言葉を鵜呑みにするほど馬鹿でもないが、嘘をついているようにも思えない。

 嘘をつける程器用な男ではなさそうだ。

 ひとまず街は守られたと思っていいだろう。



「んじゃ、最後に2つほど……。スキルを持つモンスターはいないのか?」

「俺は見たことねえよ」

「そうか……」



 やはり、地球に魔物は存在しない?

 それなら昴達は今何と戦ってる?

 ……まあいいか。

 気にはなるが、今は考えても分かりそうもない。

 次が最後の質問だ。



「【太陽の盾】のメンバーを殺し、結界を壊したのはあんたで間違いないか?」

「ああ」

「そうか……」



 そんな気はしていた。

 最後のは質問というより確認だ。

 これ以上、得られるものは何もないだろう。

 俺は腰の剣を抜いて。



「じゃあな」



 ブンッ、と振り下ろす。

 首が転がり、鮮血が舞う。

 断末魔はなかった。

 おっさんは最期まで満足そうな顔をしていた。

 敵ながら天晴れな男だよ。


 人の命を奪うことへの躊躇いはない。

 そんなものは異世界に置いてきてしまった。



「さて、あいつらは上手くやれたのかね……」



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