Episode023:本気の力



「──あん? 本気だと? んじゃ何か、てめえは今まで本気じゃなかったと、俺を相手に手加減していたと、そう言うのか?」

「そうだよ。俺が人を相手に本気を出すのはあまりに大人気ないと思っ──」

「──オイッ!!」



 ライゼンは大和の言葉を遮って、不快感を顕にする。

 大和の言葉を真に受けているわけではない。



「俺はな、お前を気に入ったんだ。だからあんまり無様な負け惜しみは吐くんじゃねえよ」

「負け惜しみじゃねえさ」

「負け惜しみだろうが。立っているのもやっとのてめえに何が出来るってんだ!!」

「そうだな。強いていえば──」



 と、一拍置いて。



「なんでも出来るよ」



 ──刹那。

 ライゼンの視界から、大和が消えた。



「なッ!?」



 目を見開かせるライゼン。

 そして次の瞬間には、顔に強い衝撃が走る。

 気が付くと天を仰いでいた。



(な、なんだあ……? 何が起きやがった……?)



 ライゼンは亀裂の入ったアスファルトに寝転んで呆然とした。

 まるで何が起きたのか分からない。


 分かるのは大和に何かをされたらしいことと、顔面が痛いこと。

 痛いと感じるのはいつぶりだろう。

 先刻の腹部への一撃も見事ではあったが、痛いと思う程ではなかった。

 痛みを感じるのは本当に久しい。



「起きろよおっさん。戦闘中にいつまで寝てるんだ? まさか、一撃でノビちゃいないんだろう?」



 大和の声で我に返る。


 そうだった。

 今は戦闘中だった。

 久しく感じていなかった痛みに感動している場合ではない。


 ライゼンは背中で跳び起きると、豪快に笑い声をあげた。



「ダッハッハッッ!! んだ今のは!?」

「何って、ただ鼻っつらをぶん殴っただけだよ」

「俺に捉えられない速度でか!?」

「さて、それはどうだろうな? あと、鼻血出てるぞ」

「あん?」



 言われて鼻を拭うと、確かに血が出ている。



「……クカカカカッ!! ダッハッハッッ!!」



 こんなに愉快なのはいつぶりだろう。

 あの小僧は本当に今まで手を抜いていたのだ。

 大人気ないからと、幾つも年の離れた自分をまるで子供のように扱って。


 嘗められていたことには幾分かの憤りも感じるが、それよりもライゼンの心の内を占めていたのはこの上ない悦びの感情だった。


 雑用? とんでもない。

 これは最高の仕事だ。

 あの方も、ここまで見越して自分を寄越したのか。


 久方ぶりに血が騒ぐ。

 昂る。

 気が変わった。

 単なる時間稼ぎのつもりで、単なる遊びのつもりだったが。


 ──もうやめだ。



「てめえとは……本気の殺し合いがしてえ」



 そう言って、ライゼンは背中の大剣を抜く。

 鞘から現れたのは、血液を彷彿とさせる真っ赤な剣身。

 真っ直ぐに歪みのない剣身は、直に沈む夕陽の光を反射させていた。



「俺が寝転がってる間に殺しとくんだったな、小僧。コイツを抜いた俺はちっとばかし強えぞ」



 大和は至極どうでも良さそうに「そうかよ」とだけ短く呟いて。



「──……いくぞ」



 倏忽と、視界から消失した。



(どこだ……!? 次はどこから来る!?)



 身構えたライゼンに、今までのような油断や隙はない。

 しかし、高揚感を抑えられなかった。

 自然と顔が綻んでしまう。



(右か、左か──?)



 ──違う。



「後ろか!!」



 背後に気配を感じたライゼンは、振り返りながら思い切り大剣を振るう。



 ──が、それは空を切った。

 否、虚構を斬らされた。



「〈スキル:朧気オボロゲ〉」



 大和が生み出した偽りの気配に、まんまと踊らされたのだ。



「残念。前だよ」

「ガッ……ァ!!」



 側腹へ蹴りを叩き込まれ、よろめくライゼン。

 これもまた痛みを感じる。

 あるいは骨も折れたかも知れない。


 されど、先程のような醜態は晒さなかった。

 気を抜かなければそう簡単に倒されはしない。

 すぐに体勢を立て直し、反撃を図る。



「〈スキル:剛力一閃〉ッ!!」



 唐竹の一閃。

 凄まじい速度、凄まじい膂力の一振り。


 喰らえば、例え大和であろうと無事にはすまない。

 だが大和はそれを半身になって難なく躱すと、ライゼンの胸部に拳を添えた。



「〈スキル:波勁紋ハキョウモン〉」



 零距離の打撃。

 本来なら大したダメージにはならない。


 いや、実際に見た目には何ともない。

 しかし問題が起きたのは外ではなく、内だった。


 水面に落とされた雫が波紋を生むように、大和の拳はライゼンの体内に波を起こした。

 それも緩やかな波ではない。

 津波のような強烈で荒れ狂った波だ。

 それが体内で暴れた。



「ゴフッ!!」



 ライゼンの口から血が吐き出される。

 どうやら内臓をやられたらしい。

 視界が歪み、気を抜けば意識を失いそうだった。



(ダメだ。まだ倒れねえぞ俺は……!)



 意地でもなければ矜恃でもない。

 ライゼンの中にあるのは、まだ遊び足りないという子供じみた欲求だけ。

 その一心で意識を保っていた。



「ウオオオリャアアアアッッッ!!」



 型もスキルも何もない。

 力任せに振るっただけの乱暴な横薙ぎ。

 であればこそ、だったのだろう。

 その一撃は大和にしてみれば予想に反するもので。



「──ッッッ!!」



 瞠目する。



(──殺った)



 ライゼンは確信した。

 この一撃は当たる、と。

 そして当たりさえすれば大和の命に届く、と。

 大和は反応出来ていない。

 今更どうしようもない程に、刃は大和の首へと肉薄していた。



 しかし──。



 ガキンッ!!



 ──その刃が、大和へ届くことはなかった。



 硬い何かに弾かれた大剣はライゼンの手から零れ、地面へと吸い込まれるように落下する。



「なあッッッ!?」



 驚きの声をあげたのも束の間。



「〈中級雷属性魔法:崩電〉」



 大和の放った魔法がライゼンを包み込む。

 同じく〈スキル:雷耐性〉を持つライゼンに雷属性魔法は効果が薄い。

 だが、満身創痍のライゼンの意識を刈り取るには十分で。



「──……ガァッ!!」



 ライゼンは膝から崩れ落ちた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る