Episode022:雷光のライゼン
男は金髪であった。
短い金髪を逆立て、露出した額には十文字の傷がある。
瞳はワインのように紅く、それでいて吊り上がった鋭い目付きをしていた。
年齢は30代程だろうか。
全身が真っ黒な鎧に包まれた大男だ。
その体躯はアルさんに勝るとも劣らない。
しかしその体躯よりも更に大きな大剣を背負っていた。
いつの間にそこにいたのか。
俺は気配を察知するのは比較的得意だ。
狩りで磨いた感性である為、その類のスキル持ちと比べるとその精度は低いが、それでもそれなりだという自負がある。
しかも今は、赤頭狼に囲まれた時とはわけが違う。
気を張りつめていた。
にも関わらず、気付くとそいつはそこにいた。
背後を許していた。
「──ッッッ!?」
俺は咄嗟に跳び退く。
「ふむ、反応も悪かねえ……。ガキの相手なんて気乗りしなかったが、中々どうして楽しめそうじゃねえか」
先程もそうだったが、やはり流暢な日本語だ。
外見は日本人離れしているが、あるいはハーフか何かなのだろうか。
「誰だ? おっさん」
「おっさんとはご挨拶だな坊主。これでもまだ若い方なんだぜ? まっ、お前からしたらおっさんかも知れねーけどよ」
──ダッハッハッッ!!
男は快活な笑い声をあげた。
「そんなことはどうでもいいんだよ。問題はお前が誰で、何者なのかだ」
このおっさんは、"使えるモンスターがいなくなっちまった"と言った。
つまり、モンスターを差し向けていた張本人というわけだ。
だから、何者か、など問うまでもない。
だが、あえて訊いた。
思い違いという僅かな可能性すら潰す為に。
「俺が誰か……か。そうだな、名前くらいなら教えても良いだろう。俺の名はライゼン。【雷光のライゼン】様だ。良く覚えときな小僧。それから何者なのかってことだが、そりゃまあ──」
と、一拍置いて。
「味方なわきゃねえわなッッッ!!」
だろうよ。
──瞬間。
ライゼンの身体に雷が迸る。
〈スキル:
〈スキル:身体強化〉と同じような効果を持つスキルだが、上昇値がまるで違う。
おまけに触れると麻痺させられるというデバフ付き。
厄介なスキルだ。
もっとも、後者に関しては俺には意味をなさないけれど。
それを使ったということは、どうやらやるつもりらしい。
「ちょっと付き合えよ小僧」
「上等」
地を蹴ったのは、殆ど同時だった。
ライゼンはその巨躯からは考えられない速度で距離を詰め、拳を握った。
放たれた拳と、俺の拳が真正面からぶつかり合う。
衝撃で、俺達を中心に周囲の瓦礫が吹き飛んだ。
圧されないが、圧すことも出来ない。
すぐに拳を戻してアッパーを放つ。
が、これは紙一重で躱された。
ニヤリと笑ったライゼンの頬が薄く切れる。
そこへ、ライゼンの鋭い蹴りが側頭部目掛けて飛んで来て──。
「──チッ!!」
躱せないと踏んだ俺は一歩踏み込んで腹部に突きを放った。
「オウッ!?」
ライゼンはたたらを踏んだ。
「うぐっ!!」
対する俺も派手に飛ばされた。
しかし、見た目ほどのダメージはなかった。
奴の体幹がぶれ、更に自ら跳んだことで衝撃が軽減されたのだ。
ライゼンが鎧を着込んでいることを加味しても、今のは痛み分けだろう。
「良い拳だ。今のは中々効いたぜえ」
「そっちこそ、デカいくせによく動く」
──動くこと雷霆の如し。
あれをそのまま体現している。
「しかもお前、〈スキル:雷耐性〉持ちかよ」
「当たり前だ。でなけりゃ、〈スキル:迸雷〉を使っているあんたに迂闊に近付くわけないだろ」
「……それもそうだよな。真正面から受けられた時はただの馬鹿かと思ってガッカリしたんだが……。最高だよお前。アイツらが警戒するのも頷ける」
アイツら……?
「何の話だ?」
「さて、何の話だろうな?」
ライゼンは嘲るように笑う。
話す気はない、か。
「だったら力ずくで訊き出すしかないな」
「ダッハッハッッ!! その意気や良し!! やれるもんならやってみな、小僧!! 」
そして再び衝突が起きる。
躱し、去なし、時には防ぎ、そして隙をついて攻撃を繰り出す。
しかしどれも当たることなく、互角の攻防が続いた。
その均衡を崩したのは──。
「〈スキル:
──ライゼンだった。
「──ッッッ!!」
気が付くと、ライゼンの拳が眼前に迫っていた。
奴は更にギアを上げたのだ。
〈スキル:迸雷〉が全パラメータを上昇させる〈スキル〉であるのに対し、〈スキル:雷迅〉は速度上昇に特化したもの。
これを併用し始めたことで均衡が一気に崩れた。
俺は咄嗟に腕で盾を作り、自ら後方へ跳んだ。
それでも全てのダメージを受け流すことは出来ず、ビリビリと腕が痺れる。
それが僅かな、されど格好の隙となった。
「ウオオオリャアアアアッッッ!!」
それは単なる体当たりだった。
しかし、ライゼンの速度と膂力から放たれたその質量は尋常ではなく。
俺はそれをまともに受けてしまった。
一切の衝撃を受け流すことも叶わずに。
「──ダハァッ!!」
肺の空気を無理矢理吐き出され、呼吸が出来ない。
漂う浮遊感。
吹き飛ばされたのだ。
やがて、背中に強い衝撃を感じる。
廃屋の壁にでも激突したのだろう。
「どうした? 威勢がいいのは最初だけか?」
ライゼンは立ち込める土煙の中から悠然と現れた。
「ゴホッゴホッ……」
俺は咳をしながら、覚束無い足取りで立ち上がる。
あー、くそ。
こりゃあ肋が何本かイカれてる。
「……強いな、おっさん」
「遅せえよ。今更気付いたのか?」
「いんや、気付いていたよ」
現れた時からな。
気配を悟らせず現れたこいつが、弱いはずない。
だが、それでも俺は侮っていた。
異世界で危険な魔物や人間と幾度となく戦い、そして倒して来た俺が、地球の人間を相手に負けるはずがない──と。
つまり、俺は心のどこかで地球人を見下していたのだろう。
だから、スキルも魔法も使わなかった。
俺がそれらを使うのは、あまりにフェアじゃない気がして。
しかしそれは驕りだ。
あまりにも傲慢だった。
俺は愚かな人間だ。
「──ここからは俺も、本気を出すよ」
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