Episode012:竜



「──……やはりか。どおりで異常な数の赤頭狼が湧いているわけだ」



 昴は天井を仰いだ。



「僕の見立てだと、早くて1週間。遅くとも1ヶ月以内には結界が解けるよ。一応張り直せないか試してみたけど、やっぱり結界を二重に張るのは無理だった……。つまり、結界が破けた瞬間にもう1度結界を張るか、もしくは倒してしまうより他ないね」

「アレを倒す……か……」



 いつもおちゃらけている陸と奏多の2人ですら神妙な面持ちである。

 しかし、俺は全くついていけない。

 いったい彼等は何の話をしているのだろうか。

 すると。



「ごめんなさいね大和君。きちんと説明するわ」



 置いてけぼりの状況を察してくれた青藍が説明を始めた。



「【災厄の日】……。あの日、私達の街は1日で滅んでしまった。いや、多くのモンスターによって滅ぼされてしまった。──そこまでは訊いてるのよね?」

「ああ」

「確かにその通りなの。大勢の人が大勢のモンスターに殺されたわ……。けれどね、街を破壊したのは、たった1頭のモンスターだったのよ……」



 ──それが竜だった。



 どこからともなく唐突に現れた竜は暴れ回り、破壊の限りを尽くしたのだという。

 昴の話に出ていた竜は、地元にも降り立っていたのだ。



「力を手にした私達だったけれど、竜だけはどうにも出来なかった。ただ街が破壊されていく様を遠くから指をくわえて眺めているだけしか出来なかったわ」



 当然だ。

 竜の強さは尋常ではない。

 力を手にしたばかりの人間がどうこう出来るような相手ではないのだ。


 昴達が生き残れたのはたまたまだと言う。

 たまたま竜に目を付けられなかったからどうにかやり過ごすことが出来た。

 運悪く標的にされて潰れた避難所も少なくないらしい。



「あの竜が彷徨いている間は生きた心地がしなかったわ……」



 しかし、気付くと竜はいなくなっていたらしい。

 ひとしきり暴れて満足したのだろう。

 そう思っていた。

 しかし。



「──私達は見つけてしまった」



 それは、【災厄の日】から2ヶ月後のことであった。

 当時はまだ【太陽の街】はなく、ユニオンも結成して間もない頃。

 メンバーはここにいる者のみで、やることといえば近隣モンスターの駆除と生存者の捜索くらいのものだった。

 そんな中、たまたま生存者の捜索に出向いた森林で彼女達は出会ってしまったのだと言う。



「幸いにも、竜は眠っていたわ。それはそれは満足そうにね」



 青藍は忌々しげに呟く。



「倒したかった。殺してしまいたかった。けれど、当時の私達の力ではどうにもならないことくらい分かっていたわ。でも、そのままにもしておけない」



 だから、と継いで。



「結界の中に、閉じ込めることにしたの」



 陸の持つスキルの中に〈スキル:結界〉というものがある。

 指定した範囲内を半透明の箱で囲うというものだ。


 強度は高く、鉛玉程度では傷一つつかない。

 自身を守る盾に使うことも出来れば、敵を捕縛することも出来る汎用性の高いスキルである。

 彼女達は、そのスキルで竜を一時的に封印出来ないかと考えたのだ。


 しかし一時的とはいえ、竜を閉じ込める程の結界となるとかなりの練度が必要になる。

 練度とはつまり経験。

 スキルは使えば使うほど磨かれ、洗練される。

 才能を磨くのと同じように。


 だが、この頃の陸ではまだそこまでの練度に達していなかった。

 致し方ないことだ。

 力を得て2ヶ月ではたかが知れている。


 それを補ったのが青藍だ。

 青藍はスキルを強化するスキル──〈スキル:技能強化〉を使い、〈スキル:結界〉を更に強固なものへと昇華させた。

 それこそ、竜をも抑え込めるほどのものへと。



「──そうして、私と陸が全力を尽くしてどうにかこうにか竜を閉じ込めることに成功したわ」



 大したものだ。

 力を得てたったの2ヶ月で竜種を封じ込めるなんて……。

 そう簡単に出来ることじゃない。


 ここまで聞けば、後のことは想像がつく。



「その結界がもうじき解けてしまうというわけだな……?」

「ええ……」



 青藍の表情に影が差した。

 いや、全員が陰鬱な表情を浮かべている。


 全力を尽くした結界も、永久不滅というわけではない。

 異世界で史上最高と謳われた者が書き残した書物にすら、結界の維持は10年が限界だと記されていた。

 むしろ2ヶ月程度の練度で2年近く維持出来ていることが異常なのだ。



「つまり、俺はその戦いに協力すれば良いんだな?」

「いいや、違う」



 首を振ったのは朝陽だった。



「違うのか?」

「うん、大和には俺達が不在の間ここを……この街を護ってもらいたいんだ。何も敵は竜だけじゃないからね。君がここを引き受けてくれるなら、俺達は後顧の憂いなく戦いに挑める」



 朝陽は柔和な笑みを浮かべる。



「……部外者の俺に任せていいのか?」

「良いんだよ。それに、大和は部外者じゃないだろう?」



 俺を除いた全員が頷く。



「そうか……。分かった、引き受けるよ」



 どんなモンスターでも返り討ちにしてやる。


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