Episode006:新たな力
翌朝目が覚めると、周囲がざわついているのに気が付いた。
(ここももうダメか……)
そう思った昴であったが、どうにもざわめきの毛色が違う。
畏怖しているというよりは、どちらかと言えば歓喜しているように思えた。
襲撃を受けている、というわけではなさそうだ。
ならばこの騒ぎはいったい──?
答えはすぐに分かった。
というより、既に知っていた。
ファンタジー小説やらゲームやらに度々登場する魔法にも似た非科学的な力。
その使い方が、効果が、脳裏に浮かぶ。
人々をざわつかせているものの正体はこれだ。
恐らく他の人達にも同じことが起きているのだろうと昴は確信する。
「〈スキル:身体強化〉」
ものは試しと、昴は脳裏に浮かぶままに力を行使し、財布から取り出した10円硬貨を親指と人差し指で縦につまんだ。
思い切り力を込めて。
ぐにゃり、と。
硬貨は容易く曲げられた。
それはもう、簡単に曲がってしまった。
華奢な昴の力で、だ。
大の男でも、そう簡単に出来ることではない。
更に昴はそこから両手で掴み、パンでも毟るような感覚で硬貨をちぎった。
尋常ではない握力だ。
しかし昴が驚くことはなかった。
そうなることが分かっていたから。
昴がしたのは、あくまで単なる事実確認に過ぎないのだ。
(この力があれば……)
──あの化け物共にも対抗出来る。
そう思ったのは、昴だけではなかった。
各地で人類の反撃が始まる。
狩られる側から狩る側へ──とまではいかないものの、少なくとも一方的に狩られるということはなくなった。
その頃から、誰が言ったか新種の生物は【モンスター】と呼ばれるようになり、昴はモンスターを狩りつつ家族や知り合いの行方を探した。
各地の避難所を巡り、その過程で昴は家族や友人達との再会を果たした。
友人達とは、かつて大和がいた頃に一緒に遊んでいた幼馴染だ。
大和がいなくなってからというもの彼等とは疎遠になってしまっていたが、それでも仲違いをしたわけではない。
昴は、彼等との再会を純粋に嬉しく思った。
しかもどうやら、彼等は昴の家族を守ってくれていたらしいのだ。
感謝してもしきれない。
そう思った。
それから昴はその避難所を拠点として、彼等と共にモンスターを狩っていった。
その拠点が安全圏を拡大して出来上がったのが、現在の【太陽の街】である。
家を建て、畑を耕し、そして防壁を作った。
簡単ではなかった。
しかし紆余曲折を経て、現在では以前の生活に近い生活を取り戻しつつある。
♦
「それもこれも、全てスキルのおかげだ。これがなければ、私達は今頃モンスターの腹の中だろうな」
そうは言うが、それは昴達が頑張った結果だろう。
スキルがあったとしても、そこで頑張れなければ今には至れていないのだから。
スキルなんてのは所詮道具に過ぎない。
使い方を誤れば、それこそ昴は達はこの世にいなかっただろう。
「お前等も大変だったんだな……」
「まあ……だが、大和程じゃないさ」
「そうか……?」
確かに心細いと思うことも、もうダメだと思うことも何度もあったが、俺にはハイロさんやアルさんがいたからな。
言うほど辛い思いはしていない。
「そうでもないと思うぞ?」
「そうでもあるんだよ」
やれやれといった様子で肩を竦めた昴は、それより、と紡ぐ。
「私はお前に謝らなければならないことがある」
「なんだよ、改まって……」
「お前の……両親のことだ」
昴の表情に影が差す。
まさか……。
「モンスターにやられたのか!?」
そうだとしたら、俺は……。
俺は……──。
「いや、違う! そうじゃない!」
慌てて首を横に振る昴。
「〜〜〜っなんだよ! 違うのかよ!」
昴の言葉に胸を撫で下ろす。
びっっっくりしたあああ……。
ビビらせんなよ。
死んだかと思った。
もし死んでいたら悔やんでも悔やみ切れない。
「お前の両親は生きている。間違いなく健在だ。ただ……」
「ただ?」
「まだ見つかっていないんだよ。手は尽くしているが、どこにいるのか分からない。すまない、本当は帰ってきたらいの一番に会わせたかったんが……」
帰ってきたらいの一番に会わせたかった、ね。
つまりこいつは、8年も行方不明だった俺が帰ってくると微塵も疑っていなかったわけだ。
まったく、俺はこんな友達を持って幸せ者だよ。
「バカヤロー。お前はなんも悪くないだろ、謝んなよ」
「いやしかしだな……」
「しかしもへったくれもねーの」
確かに会いたい。
すぐに会えると思っていた。
だが、こんな状況では仕方のないことだ。
手を尽くしてくれているだけで有難い。
それに。
「それに生きてさえいればその内会えるだろ」
「……そうだな」
お前らしいなと、昴は小さく笑った。
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