Episode002:遠くに見えた影
恐らく──というか絶対、見渡す限りに人は住んでいない。
およそ人が住める環境じゃないのだ。
ここでの生活は難しい。
どこか違う場所で生活していると考えるのが妥当だ。
ならばそれはどこなのだろう。
どこを目指せばいいのだろう。
「ふむ……とりあえず跳んでみるか。──〈スキル:超跳躍〉」
両脚に力を込めて思い切り上に跳んだ。
ただ跳ぶだけのスキルだ。
しかし、その跳躍力は尋常じゃない。
グングンと上昇していき、やがて高層ビルですら優に跳び越えられてしまいそうな高度に達する。
これで随分と遠くまで見渡せる。
「これは……」
状況は思ったよりも酷い。
地平線のように、瓦礫の山が続いていた。
それしか見えない。
荒廃している。
やはり、この世界にもう人間はいないのかも知れない。
そう思わざるを得ない光景だった。
しかし。
「──あれは……」
俺は見逃さなかった。
遠くに、人影らしきものがあることを。
そして、その人影を取り囲むように、人ではない何かの影が蠢いているのを。
距離が離れているせいで、それが何かは分からない。
異世界の動物か。
あるいは魔物か。
いずれにせよ、逼迫した状況なのは間違いなかった。
「〈スキル:瞬光〉」
着地するのと同時、俺はスキルを使って地面を蹴った。
周囲の景色が凄まじい速さで変わっていく。
絶対に助ける。
やがて捉えたのは俺を襲ったのと同じ赤頭狼の群れ。
そしてそれに囲まれた男女5人組。
まだ若い。歳の頃は多分、俺と同じくらいだろう。
それぞれが武器を手にし、防具を身に纏っている。
俺にしてみれば見慣れた、しかしこと地球においては、特に日本においてはあまりに似つかわしくないものだ。
銃刀法違反はどこへ行ってしまったのか。
もっとも、この惨状では仕方ないことなのだろうが。
しかし不思議なことに、彼等彼女等が身に付けている武具の類は旧時代的なものばかりで近代兵器──例えば銃のようなものは見当たらない。
手に入らなかったということであれば、剣や盾やら鎧やらも簡単には手に入らないと思うんだれど……。
まあいいか。
ひとまずそれは後まわしだ。
かなりの距離があったが、辿り着くまでそれ程時間はかからなかった。
5人はどちらかと言えば優勢だった。
1頭1頭確実に倒している。
まだ粗は目立つが連携も取れているようだし、怪我をしている様子もない。
戦闘に関して、ある程度の心得はあるようだ。
特に先頭を切って戦っている奴はかなり強い。
時間をかければ、1人で全滅出来てしまいそうな程に。
だが、他の4人を庇うような立ち回りをしているせいか、本来の実力を発揮出来ていないように思えた。
5人でいることがかえって裏目に出ている。
なにより、相手が多過ぎた。
赤頭狼の群れは300頭近くからなる大群だったのだ。
あれではいずれ追い詰められる。
「〈初級雷属性魔法:雷矢〉」
俺は後方から一度に数発の魔法を放ち、円の外側にいた数頭を仕留めた。
それにより、5人に集中していた意識が俺に向く。
狙い通りだ。
俺に敵意が向けば、5人への攻撃は緩くなる。
広範囲殲滅魔法が使えれば一撃でことは片付くんだが、5人へ当たるとも知れぬこの状況では使えない。
闇雲に突撃することも出来たが、それよりもこの方が安全だ。
いくら相手が格下の赤頭狼とは言え、安全マージンは取っておきたい。
油断すれば、ミイラ取りがミイラになることだってあるのだから。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……10頭か……」
10頭狼が俺の方へと疾駆する。
群れの中でも一際躰の大きな個体だ。
恐らく、群れの中でもとりわけ力の強いものなのだろう。
少数精鋭で俺を叩くつもりらしい。
やはり赤頭狼は獣にしては頭が回る。
悪くない発想だ。
少数精鋭なら5人への攻撃を緩めることなく俺を迎撃出来ると思ったのだろう。
普通、獣なら本能の赴くままに突貫しそうなものを。
しかし。
「たった10頭じゃ相手にならないぞ」
少数精鋭といえど所詮はただの獣。
群れの中でいくら強かろうと、俺に言わせればどんぐりの背比べだ。
物の数にもならない。
それに、5人から離れたのは失敗だ。
おかげで──。
「心置き無く魔法が撃てる。──〈中級雷属性魔法:落雷〉」
雷鳴が轟く。
その一撃で、10頭の狼は全て黒焦げになった。
もしもこれがもっと知恵のあるものなら5人を人質に取られていたかも知れない。
人質とはいかずともあのまま張り付かれていたかも知れない。
そうなれば、少なくとも中級の魔法は撃てなかった。
あれは5人も巻き込む危険がある。
しかし獣にそんな知能はなかった。
それが獣と知恵あるものの決定的な差だ。
自分達の中でも力のあるもの達が容易く葬られたことにより、群れ全体に動揺が走る。
動きが止まった。
おそらく、混乱し恐怖しているのだろう。
下手に知恵が回るが故に。
そして奴等は一心不乱に駆け出した。
逃走ではない。
獲物であった5人は既に眼中になく、ただ一直線、俺に向けて驀進してくる。
混乱と恐怖の中、されど奴等は臆さない。
何故か。
圧倒的に数で勝っているから。
数で勝っているからまだ大丈夫だと思っている。
そして、質でダメなら量で押し潰すつもりらしい。
滑稽である。
まだ勝てると思っているのだ。
「〈上級風属性魔法:滝風〉」
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