Episode003:邂逅
〈上級風属性魔法:滝風〉
迫り来る赤頭狼達が、次々と何かに押し潰されていく。
何か、とは上空から滝の如く激しく打ち付ける突風だ。
突風による圧で、奴等は為す術なく押し潰されている。
〈上級混合魔法:乱気龍〉と比べると効果範囲も狭く威力もないが、赤頭狼を一掃するくらいならば丁度いい。
最後まで耐えていた大きな個体も、恨めしげに俺を睨みつけ、やがて押し潰されていた。
「よし、これで全部片付いたな」
取りこぼしは多分いない。
もっとも、あれだけ繁殖しているのだからどこか違う場所にもっと湧いているのだろうけど。
それにしても。
「随分と汚してしまった……」
辺り一面、赤頭狼の血や臓物でまるで地獄絵図の様になっている。
実に酸鼻きわまる光景だ。
耐性のないものであれば卒倒すること間違いない。
──果たして、彼等彼女等は無事のようだ。
何事もない様子で駆け寄って来る。
あれなら怪我もしていないだろう。
「どなたかは存じませんが、ご助力いただき感謝します。本当に危ない所でした」
そう言ったのは、5人組の一人。
若い女だった。
若いと言っても俺よりも少し上くらい。
20歳くらいだろうか。
艶めかしい黒髪は肩程まで伸びていて、キリッとした目をしている。
凛とした淑女といった印象だ。
しかしどこかで見たことがある気がするのは何故だろうか。
「いえ、困った時はお互い様ですから」
「申し遅れましたが、私の名前は佐伯昴。後ろのはうちのユニオンの新入りで、前田、稲葉、田中、福島です」
彼女に続いて、後ろの4人も礼を告げる。
「これはご丁寧にどうも。俺は──」
と、自身の名前を言いかけて動きを止めた。
何かが引っかかる。
ユニオンって耳慣れないワードも気になるが、そこじゃない。
俺が引っかかったのは──。
【佐伯昴】
という名前。
既視感がある。
聞き覚えがある。
知っている。
『大和!!』
かつて俺をそう呼んだ友達がいた。
家が近所で、俺達は良く一緒に遊んでいた。
──あの日。
異世界に迷い込んだあの日も、俺は彼を含めた複数人で遊んでいた。
ああ……今でも良く覚えている。
彼は、彼女のように中性的な綺麗な顔立ちをしていた。
どことなく似てもいる。
しかし、彼は彼だったのだ。
彼女じゃない。
目の前にいる人物は同姓同名の別人。
そう考えるのが妥当だ。
だと言うのに──……。
「──昴……?」
俺は思わず口にしていた。
かつて友を呼んでいた頃と同じような声色で。
突然下の名前を呼び捨てにされた彼女は訝しげに俺を見詰めると、やがて信じられないものを見ているような表情で。
「もしかして……大和か……?」
俺の名を呼んだ。
まだ伝えてもいない俺の名を。
「やっぱり昴だよな!?」
俺は興奮気味に昴の肩を掴んだ。
思い違いじゃなかった。
彼女は俺の親友であった佐伯昴と同一人物だったのだ。
しかし、彼女はどこからどう見ても女性にしか見えない。
いったいこれはどういう理屈なのだろうか。
気にはなるが、尋ねるのははばかられる。
こういうセンシティブな話題には気安く触れるべきじゃない。
昴は閉口していた。
驚いて声も出ないといった様子だ。
そして。
「今までどこに……。8年もどこにいたんだ……ッ!?」
少し怒ったように俺の胸を叩いた。
しかし気にするべきはそこじゃない。
昴は今、おかしなことを口走ったのだ。
「…………8年? おいおい、なんの冗談だよ」
「冗談なんかじゃない」
いやいや、そんなはずはない。
だって、暦の上では確かに6年しか経っていないはずなのだ。
2年も時間がズレるはずが……。
しかし、昴が嘘をついているようには見えない。
なにより、嘘をつく必要もない。
じゃあなんなんだ?
「まさか……」
異世界と地球とでは、時間の流れが違うのか……?
あるいは世界を渡った際に何らかの不備があったのか……?
どちらも十分にありえる。
むしろ、それ以外には考えられない。
それに、だとするのならば、昴を初めに見た時、同じ歳の昴を少し歳上だと思ったのにも得心が行く。
俺と昴には、2年もの開きがあるのだ。
だとしたら俺は──……。
「──大和?」
ハッとした。
気付くと俯いていた俺の顔を、昴が覗き込んでいた。
「あ、いや……なんでもない……」
端正な顔立ちに思わずどきりとしたのは内緒だ。
しっかりしろよ俺。
どんなに綺麗でもこいつは男だし、親友なんだぞ。
「で、結局8年もどこにいたんだ?」
「それは──」
さて、どうしたものか。
事実を告げるのは簡単だ。
しかし、告げてもいいものだろうか。
異世界にいたなんてあまりに突拍子もなさ過ぎる。
下手をすれば心療内科を勧められる内容だ。
昴に話すだけならまだしも、後ろの4人にまで聞かせるのはなあ……。
すると、そんな空気を察したのか。
「落ち着ける場所で話そうか。ついて来てくれ、私達の拠点に案内しよう」
昴はそう言って踵を返した。
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