Episode007:遺した物



 コンコン



 ようやく落ち着いてきた頃。

 まるで見計らったようなタイミングで部屋の扉がノックされた。

 アルさんだ。



「はい」

「ヤマト、話があるんだ。出てきてもらえるか?」

「今行きます」



 きっと酷い顔になっているだろう顔を手拭いで拭って部屋を出る。

 多分、今後についての話をするのだろう。

 何せ、俺はこの家の居候に過ぎない。

 ハイロさんが亡くなった今、いつまでも居座るわけにはいかないだろう。



「お待たせしました」



 アルさんは、いつもハイロさんが食事を摂っていた椅子に腰掛けて俺を待っていた。



「悪いな」

「いえ。それで話というのは……?」

「ああ……。まあ、なんだ。とりあえずお前も座れよ」

「はい……」



 いつになく真剣、それでいてやけによそよそしいアルさんに促され、向かい合わせに腰掛ける。



「それで話ってのは……まあ、お前も何となく察していると思うが、今後についての話だ。まだ気持ちの整理はついていないだろうが、こういうのは早い内に話しといた方がいいと思ってな」

「……そう、ですね」

「話をする前にまずはこれを」



 そう言ってアルさんが懐から取り出したのは、3つの箱と1枚の手紙だった。



「これは?」

「これはな、ハイロさんがお前に遺した物だ」



 ハイロさんが俺に遺してくれた物。

 その言葉に、きゅっと心臓が締められるような感じがした。


 これを、ハイロさんが……?



「開けてみても?」

「ああ。手紙には、この3つの箱の中身についても書かれてるはずだから、手紙から読んだ方がいいぜ」

「はい」



 首肯して、手紙を開く。




 ──ヤマトへ。



 これを読んでいるということは、私は既にこの世にいないのだろう。

 本当は君がチキュウに帰るまで見届けたかったのだが……。

 如何せん私も歳だからね。

 残念だけれど、それも運命。

 受け入れるより他ない。


 義理堅い君のことだ。

 きっと、私に何も返せなかった──なんて思っているのだろう。

 しかしそれは間違いだよ。

 君と一緒にいたのは6年という短い間でしかなかったが、私には紛れもなく幸福な時間だった。

 長い人生を振り返ってみても、これ程幸せな時間はそうない。


 幸福な時間をくれたヤマトに恩返しをしたいのは、むしろ私の方なんだよ。

 君が私に何も返せなかったなんて思い違いだ。

 もっとも君はそれじゃ納得しないのだろうけどね。


 だから私から願いがあるとすれば、もしも私に何かを返したいと思ってくれるのならば、どうか長く生きて欲しい。


 出来るだけ長く。

 辛いこともあるだろう。

 悲しいこともあるだろう。

 それでもどうにか生きて欲しい。

 それだけだ。

 そしてあわよくば、時々でいいから私のことを思い出してくらたらとても嬉しいなあ……。

 まあこれは、私のわがままだけれどね。

 君の人生に幸あらんことを、遠い場所から見守っているよ。



 気付けば涙が溢れていた。

 ハイロさんの優しさが多分に溢れた内容の手紙に思わず胸が熱くなる。

 しかし、手紙はそこで終わりじゃない。

 続いて、箱の中身についてが書かれていた。



 追記

 箱の中には、君への贈り物が入っている。

 1つは【異次元へと繋がる指環】。

 収納出来る容量は使用者の魔力量に依存するが、ヤマトの魔力量ならかなりの容量になるだろう。


 それから2つ目【守護の首飾り】。

 これには〈自動防御〉の魔法陣が組み込まれている。

 君にはあまり意味のないものかも知れないが、いざという時役に立つはずだ。



【異次元へと繋がる指環】

【守護の首飾り】



 どちらも規格外の性能だ。

 本当に俺が受け取ってもいいものかと躊躇うほどに。


 しかし3つ目の箱の中身については、何故か記載がなかった。

 曰く、これはまだ箱に納まっていなかったらしい。

 とはいえ、これもやはりとんでもない性能なのだろう。


 そう思いながらおもむろに箱の蓋を順番に開けていく。

 紫の宝石が埋め込まれた金の指環。

 緻密な魔法陣が描かれた小さな銀板の付いた銀の首飾り。


 そして、拳大の真っ黒な水晶。

 どれがどれなのかは言わずもがなだろう。

 気になるのは、やはり説明書きのなかった水晶だ。


 この水晶の正体は、【魔水晶】。

 鉱山なんかに行けば割とよく見かける水晶だ。

 端的に言ってしまえば、魔力を込めることの出来る石。


 この水晶に込められた魔力が、こちらの世界では電力の代わりになっている。

 部屋を明るくするのにも、魔道具を稼働するのにも使われる。

 また、足りない魔力を補って魔法を行使することもできる。

 ありふれた物だが、しかし重宝される代物だ。


 だが、欠点もあった。

 一度に魔力を注ぐと、それ以上には魔力を蓄えられないという点だ。

 例えば俺が保有魔力量の限界まで魔力を注いだとする。

 すると、水晶の容量がまだ満たされていなくても、追加で魔力を注ぐことが出来なくなる。


 つまり、自分の保有魔力量以上の魔力を注ぐことは出来ないのだ。

 しかし、この【魔水晶】には、ありえない量の魔力が蓄えられていた。

 俺ではいったいどれだけの魔力が込められているのか想像もつかない。

 少なくとも、俺の知る人物の中にそれが可能な人物は1人もいない。


 だが、ここに込められた魔力は俺の良く知る人物のものだった。

 この優しくも力強い魔力は、ハイロさんのものだ。


 確かにハイロさんの保有魔力量は俺の知る限りでは1番多いけれど、しかしそれでも不可能だ。

 ならば、この【魔水晶】に秘密があると考えるのが自然だろう。

 恐る恐る水晶を手に取ると、水晶の下に文字が刻まれているのに気が付いた。

 そこに書かれていたのは名称とその効果。



【無限水晶】



 何度でも魔力を注げる魔水晶。

 最大容量2000億。



 つまりそれが意味する所は──。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る