Episode003:希望と魔物
こっちに来てから2度目の秋がやってきた。
随分と時間が経ってしまったようだ。
あっちの世界はどうなっているのだろう。
父さんと母さんはどうしているのだろう。
友達はどうしているのだろう。
心配しているだろうか。
あるいは、忘れられているかも知れない。
俺もあっちの世界にいれば今頃は中学二年生になっていた。
そろそろ受験に向けて動き出す頃合だろうか。
俺はあまり勉強が得意じゃなかったから、きっと偏差値低めの学校を選んでいただろう。
近頃はそんなことを考える日が増えた。
魔法陣は着々と完成に近付いている。
ハイロさんとアルさんのおかげだ。
俺も一人前の魔法使いと言える程度には成長したけれど、あの2人には遠く及ばない。
あの2人はまるでレベルが違う。
しかしそれでもあと一歩完成には至れなかった。
そんな折、いつもは1人で来るアルさんが知らない人を2人連れ立ってやって来た。
「ジレンとサーシャだ」
ジレンさんは背の低い筋肉質な男性。
髪はなく、肌が緑色で目は黄色。
それでいて、身が竦むほどに鋭い眼光をしている。
身長に行くべき栄養が全て筋肉に行ってしまったような人だった。
顔はかなり怖い。
サーシャさんは金髪碧眼の見目麗しい女性だった。
乳白色の手足はしなやかで長い。
特徴的なのは耳。
ツンと尖っている。
2人共にやはり人間じゃないらしい。
ジレンさんは小鬼族で、サーシャさんは森人族。
そういったものにはあまり詳しくないが、地球ではゴブリンやエルフなどと言われていた種族だろう。
アルさんの部下だという。
いったい何故連れてきたのか。
「この2人はな、かなり魔法に精通してんだよ」
きっと役に立つだろう。
アルさんはそう言った。
驚くことに、こと魔法に関してはハイロさんアルさんの両名よりも詳しいのだとか。
サーシャさんはまだしも、ジレンさんは意外だ。
つくづく見かけによらない。
しかしありがたい。
これで行き詰まっていた魔法陣制作も進むかも知れない。
「とりあえず、出来てる所まで2人に見せてみろ」
そう言われて、製作途中の魔法陣が描かれた1枚の紙を取りに行く。
1枚と言えど複数枚の紙を繋ぎ合わせた継ぎ接ぎの紙なので、広げればかなりの大きさだ。
「ほう……」
「これは中々……」
2人は感嘆の声を漏らす。
緻密に描かれた円環の幾何学模様。
まだ描き途中であるものの、その出来栄えは壮観である。
「そうだろう?」
アルさんは得意気に笑う。
しかし。
「これじゃあ足りんなあ」
「ええ、足りませんね。ここが……こう、でしょうか」
「いや、それだとこことの兼ね合いが悪い。こうすべきだろう」
「なるほど。確かに……では、ここはこうしましょうか」
「妥当だな」
それから2人は魔法陣制作に没頭した。
俺もそんな2人を覗き込むが、さっぱり分からない。
圧倒的なレベルの違いを感じた。
ハイロさん、アルさんの2人でさえ辛うじて分かる程度なのだからそれも当然だろう。
あのアルさんが優秀だと言うだけある。
俺が入り込める余地はなかった。
丸投げするのは気が引けたが、俺にもやることがあるのだ。
炊事、洗濯は勿論、最近ではハイロさんに教わりながら狩りなんかもやっている。
狩りの獲物は兎や野鳥なんかの小物だ。
しかし小物といえど、この世界の生物は地球の生物とはわけが違う。
何せ、油断すればこちらが殺されてしまうのだ。
草食なので食べられることはないが、それでも命の危険があることには変わりない。
それに、獲物を探している間に肉食の獣と遭遇する危険も伴う。
奴らは獰猛で、草食動物の比じゃないくらい危険だ。
それも群れをなす動物ともなると、その危険性は更に高い。
慎重かつ狡猾にこちらを狙ってくる。
しかし、どれだけ力があろうとも、どれだけ知恵が回ろうとも、奴らは所詮動物の域を出ない。
地球の動物よりも遥かに危険だが、動物であれば今の俺にはそこまでの脅威じゃなかった。
なにより危険なのは、【魔物】と呼ばれる存在。
言ってしまえば単なる動物の変異種なのだが、その脅威は動物の比じゃない。
魔力によって変異した動物である魔物は、俺達と同じようにスキルを持っている。
スキルを持っているだけと言えばそうなのだが、このスキルが実に厄介だった。
例えば熊の魔物である【金剛熊】。
ただでさえ途轍もない膂力を持つ熊の力がスキルによって底上げされ、更にまた別のスキルによって体毛がダイヤモンドのように硬質化されている。
一度ハイロさんと行った狩りで出会したことがあるが、あれはヤバい。
あの時はハイロさんがいたから良かったようなものの、もし一人なら死んでいた。
矢は折れ、魔法は弾かれる。
奴の外皮の硬さは異常だ。
手も足も出ずに一方的に蹂躙されるだろう。
しかし幸い、魔物は森の奥に行かなければまず出会すことはない。
それでも万が一出会ってしまったら、今の俺ではしっぽを巻いて逃げ出すこと以外に出来ることはないだろう。
果たして逃げ切れるかは微妙な所だが。
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