Episode002:異世界
おじさんの名はハイロというらしい。
草原に横たわる俺を見付けて親切にも保護してくれたようだ。
「ありがとうございます」
「気にすることはない」
ハイロさんはそう言って、柔和な笑みを浮かべた。
「しかしどうしてあんなところに……?」
訊ねられて、俺は今日の出来事を話した。
とはいえ、実際大したことは話していない。
幼馴染と遊んでいたこと。
門限に遅れそうになって近道を使ったこと。
気付けば草原にいたこと。
それくらいだ。
不思議な体験ではあるが、俺自身は大したことをしていなかった。
しかしハイロさんにしてみれば、それは重要な話であったようだ。
神妙な面持ちで、考え込むように暫く口を閉ざした。
──そして、衝撃の事実を告げる。
「君はもしかしたら……」
と、一拍置いて。
「──異世界から来たのかも知れないな」
この世界には、時折こうして迷い込んできてしまう者がいるのだとハイロさんは言った。
異世界だとかこの世界とか、そんなのは創作物の中の話だ。
普通なら信じられる話じゃない。
そう、信じられる話じゃなかったのだ。
が、不思議体験をした俺にしてみればその方が得心が行く。
そしてそれを裏付けたのが魔法やスキルといった、俺の知る世界には存在しない非科学的な力。
火が必要ならば指先に火を灯し、水が必要なら虚空から水を生み出した。
最早ここが異世界であることは疑いようがない。
俺は訊ねた。
「元の世界に帰る方法はありますか?」
この人なら、何か知っているかも知れない。
しかし、そんな淡い期待はすぐに打ち砕かれることになる。
「……すまない。異世界からこの世界に迷い込んだ者がいると知っているだけで、後のことは何も分からないんだ」
酷く申し訳なさそうなハイロさん。
帰る術がない。
非情な現実に打ちひしがれる。
だが、ハイロさんはどうにか帰る方法はないか模索してみると言ってくれた。
それまでここに置いてくれるとも。
非常にありがたい申し出に、鼻の奥が熱くなる。
勿論自分でも探すつもりであったけれど、右も左も分からない世界では帰る方法を探すことはおろか、普通に生活することすらままならないのだ。
こちらからお願いしたいくらいだった。
それから、ハイロさんと俺の共同生活が始まった。
ハイロさんは一人で暮らしているらしい。
昔は大勢の人と暮らしていたのだが、今は人気のない森の中で静かに暮らしている。
そう言っていた。
隠居するにはまだ若い……ように見える。
年齢を訊いたわけじゃないので、外見から推測するしかないが、多分40歳くらいだろうと思う。
いったい何者なのだろう。
気にはなったが、聞かないことにした。
居候の身で詮索するのは野暮だ。
俺は懸命に働いた。
炊事、洗濯、掃除。
文明の利器がないこの世界での家事は大変だ。
自分が如何に恵まれていたのかを理解させられた。
ハイロさんはやらなくても良いと言ってくれたが、衣食住を提供してもらって何もしないというわけもいかないだろう。
その傍らで魔法の勉強にも励んだ。
帰る為の手段として、最も可能性が高いのが魔法だったからだ。
まあ、個人的に魔法が好きだったのも否定出来ないが。
ハイロさんの教え方が上手だったのもあると思うけれど、幸い俺には魔法の素質があったらしく勉強は順調に進んだ。
地球でやっていた勉強とは違って、魔法の勉強はとても楽しい。
そうして1ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、1年が過ぎた頃。
来客が訪れた。
体格の良い若い男だった。
赤い髪で、端正な顔立ちをしている。
ただし、人間かと言われると疑問であった。
何故ならその人物は、額から角を生やしていたのだ。
男の名はアルストロメリア言うらしい。
ハイロさんからはアルと呼ばれていた。
長いので俺もアルさんと呼ばせてもらうことにした。
この頃には〈中級無属性魔法:自動翻訳〉を使えるようになっていたので、会話には困らなくなっていた。
出会ったばかりの頃、ハイロさんが使ったアレだ。
アルさんは鬼人族という種族で、基本的には人間とあまり変わりはないらしい。
強いていえば、人とは比べ物にならないほど力が強いことくらいなんだとか。
なんというか、異世界然としている。
外見は二十歳を過ぎたくらいで、口調は荒々しいが面倒見がいいお兄さんといった感じだ。
ハイロさんとは昔からの付き合いのようだ。
ハイロさんが俺の身の上を話すと、なんと力を貸してくれることになった。
2人では行き詰まっていたところだったのでかなりありがたい。
それからアルさんはちょくちょく顔を出すようになり、地球へ帰還する為の魔法陣を一緒に考えてくれるようになった。
ハイロさん程じゃないが、アルさんも魔法に深い見識を持っている。
正直、脳筋だと思っていただけに驚きである。
人は見た目で判断出来ない。
もっとも、魔法を除けば外見通りの性格なのだが。
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