我が社の社長とずぶ濡れ女性(文芸)



 その日は雨が降っていた。

 予報では晴れだったのに。と僕は悪態をつく。

 最近は雨自体すくなくて、滅多に降らないから油断していた。折りたたみ傘さえ持ってなかったおかげで、会社に着いた時には僕はひどい有様だった。

 水気を切るためにスーツの上着を脱いだ頃、同じく濡れ鼠になった女性が会社のロビーに走りこんできた。  側にいる男性と話しているようで「資料が」「プレゼンが」と言っているのが聞こえた。

 哀れだ。


 彼女は取引先の社員だったらしい。

 そのことに僕が気づいたのは、プレゼンをする予定の人物が、濡れた資料をドライヤーで乾かしに化粧室へ行ったまま帰ってこない。と聞いた時だった。

 どうりで見たことのない人だと思ったんだ。


 彼女の上司が慌てた様子で、我が社の社長にの言い訳をする中、女性はようやく戻ってきた。

 その手に持っていたのは、濡れてしわくちゃのプレゼン資料。


 ではなく。


 ドライヤーだった。


「間宮! 資料はどうした」


「え? あ!」


 間宮さんというらしい女性は慌てた様子でドライヤーを自分の背中に隠す。

 シーンと静まり返った中、ふいに誰かが吹き出した。

 その方向にいたのは、我が社の社長。

 思わずといった様子で失笑を押し殺そうとしている社長に、間宮さんは顔を真っ赤にしていたが、やがて部屋中に笑いが伝染すると、彼女はどこかほっとした様子でほおを緩めた。


 ところで僕は知っている。

 社長はこういうことを狙って引き起こす天才なのだということを。

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