第7話 人生に必要なことはインターネットから学んだ《2》

 インターネット以前からソフトウェアを開発して公開している人達はいた。BASICインタプリタが搭載されていたマイコンが普及していた頃は雑誌にゲーム等のソースコードを投稿することは一般的なことだった。インターネットによってアプリケーションやソースコードを配布することは雑誌が情報の中心だった時代と比べれば格段に簡単に、そして正確になった。


 高校を卒業し、時間が有り余った僕は二千円でMSX2をリサイクルショップで購入すると、TAKERUでMSX-Cを購入し、PC-98のMicrosoft Cを前提とした本から基本的なプログラミングを学んだ。いろいろ整合性に問題のある環境での独学には限界がある。大学で本物のUNIX(SunOS 4.1.3_U1)で動作するgccに触れることができるようになった時、軽い感動を覚えた。


 インターネットによりインフラは整ったものの、UNIX系以外のプラットフォームでソースコードを配布することは一般的ではなかっただろうと思う。日本で一般に認識されたフリーソフトウェアという表記にはソフトウェアが無料で利用できることを示す以上の意味はなかった。そして開発者と利用者というポジションは固定化されていった。


 様々なメーカーや組織が開発・公開し、細かい点では違いのあったUNIXというシステムでは、実質的にソースコードでしかソフトウェアを配布することができないという切実な問題があったのだろう。そしてUNIX周辺では、半ば自動的にフリーという言葉にはソースコードの再利用も許可する意味も含まれるようになった。


 MITライセンスで配布されているソフトウェアは商業利用を含めてソースコードの再利用を制限なく許可していたし、GNUによるGPL v2.0ライセンスは再利用したソフトウェアのソースコード一式を利用者に配布することを求めていた。GPLであってもソースコードを一般公開する必要はなく、ソフトウェアとソースコードを渡す際に金銭を要求することができる。一方で相手方が改変したソフトウェアとソースコードを無償で一般公開することを阻止することはできない。GNUはソフトウェア界の革命を目指す極左ゲームチェンジャーのような存在だ。いずれも利用のためには原著作者の名前と、ライセンスを明記しなければならない。自由に使って良いとはいってもルールは明確に存在する。


 GNUが説く世界観は理想郷のようであって完全な実現は不可能のように思える。それでもソースコードが入手可能なソフトウェアであれば、技術力次第では不具合があった時に自分で修理することも可能だろう。開発者が廃業してもメンテナンスしてくれる人を探すことができるかもしれない。ソフトウェア開発の世界では説明のための言葉を建築業界から借りることが多い。僕はソフトウェア開発をマイホームによく例える。DIYで小屋ならともかく家を建てる人はほとんどいない。ハウスメーカーや工務店に依頼することが一般だ。プロのソフトウェア開発者は工務店員に相当する。マイホームでの簡単な修理であれば自分ですることは多いだろう。万が一のために図面ソースコードは手元においておくだろうし、工務店が図面を渡さないといったら抗議するだろう。


 このメタファーは良く出来ていると思ったが、2000年代中頃にフリーミアム(Freemium)によってフリーソフトウェアは、ただのマーケティング手法に落とし込まれてしまった。これによってソースコードの公開されない無料のソフトウェアが増えたり、重要な機能部分のソースコードは公開されないことも増えてきた。ソースコードは公開されても、それを実行可能形式にする詳細な手順は秘匿されていることもある。情報の一部が隠されることが一般的になり、世界的にフリーソフトウェアの認識が歪められた。


 完全に情報が公開されているフリーソフトウェアを利用していて不具合があれば、開発者が原因を推測できる十分な情報を添えて報告するべきだ。技術力があれば改善方法を提案することもできる。自分で修復し、テストした結果を報告してもいい。こういった活動は街のゴミ拾いのようなボランティアだ。誰にでもできるわけではないが、自身の技量に応じてできる事がある。ただ黙って利用しているだけでは自分の生活環境を改善することはできない。行動することに意味がある。


 自分が生きていく上で周辺環境を維持するためのコストは何かしら負担するべきだ。それは金額にして公平に負担できるようなものではない。社会においても公平なコスト負担などというものは幻想だ。より多くをできる能力があれば、その人達が少しだけ多くを負担するというのは当然だと思うのだけれど、こういった考えはあまり共感されないらしい。

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