第5話 だいたい18歳までの競争《ゲーム》 (3)

 若者への要求は僕の時代からずっと増え続けている。そもそも受験などとは関係なく、高校での学びは人生において有益なものであるべきだし、知識量よりも知識を元に表現する運用能力を育むことが重要だ。


 学び続ける能力の育成は、現在の初等・中等教育の主要な命題の一つだ。その言葉を発する人自身がちゃんと学び続ける力を育んでいるかは疑問に感じてきたけれど、コンピュータ界隈では、COBOL人材のキャリアパスがないという話題が繰り返されている。論理的には学び続ける力があれば何の問題もないはずだ。プログラミング言語自体に対するメタな知見があれば、プログラミング言語の種類が問題の原因ではないことは簡単に理解できる。これは生態系エコシステムの問題だ。


 現実には企業の中で日々の業務に追われながらスキルを高めることは難しい。例えば、グループリーダーになれば部下の指導に時間が必要になる。結婚や子どもによって自分以外のために割く時間が増える。プログラマー35歳定年説という言葉があるけれど、35歳で成長が止まるわけではない。単純に社会的な責任が増すことで、生産性が損なわれるだけだ。費す時間が減っていく中で、学び・作り続けることは容易ではない。


 エンジニアリングは科学的な理論をベースにした実践だ。学ぶ対象としてプログラミング言語の使い方やWebフレームワークといった抽象度の高い上物に目がいきがちだ。土台を理解しなくても利用できることはエンジニアリングの成果だし、そのような工夫によって僕たちの生活レベルは向上してきた。しかし学び続けるために、いつも新しくなる上物をいちから理解するのは非効率だ。自分の持っている知識や経験との関連を発見することで習得が容易になる。成長を続けるには、「以前のあれとあれの組み合せか」、「使いにくいあの部分を改善したのだな」といった気づきが必要だ。自分が利用しているものを出来るだけ深く理解することだ。学び続ける力というのはまったく新しい資格を次々に獲得していくということではない。


 そもそも学び続ける力というものがテーマになることがおかしいのだ。興味・関心は加齢によってゆるやかに失われる能力ではあるが突然なくなるものではない。プロフェッショナルであれば、自身の能力に新しい知識・技術スキルを加えて要求に万全の体制で取り組むべきだ。学校で十分に学ぶことを体験してきたのであれば何の問題もない。このテーマが選択される背景には、試験で得点を獲得するトレーニングはしていても、実際には学ぶトレーニングをきちんとしていない現実がある。


 学ぶ過程を重視するといいながら、教科書は厚くなり、探求学習が時間割に加わり、情報科目は受験科目となった。もっと覚えることから表現することに重点を移すべきなのに、その両方の負担がひたすらに重くなっている。教科書のページを進めることで精一杯な授業では、それが前後の事象とどう関連するのか把握できずに時間が過ぎるだろう。余計な事を考える余裕はないのだ。パターンを覚えて問題を解こう。こうして問題文を読む力が育まれないまま、問題と解答のパターンマッチングに特化した人間が生み出されていく。そんな作業はコンピュータの方がずっと正確に休まずにやってくれるのに。


 手元に情報科目の教科書がある。内容は出版社にもよるが、どれも本当に良くまとめられている。通信方法から暗号化の種類、代表的な脅威、様々なデータのデジタル表現、デジタル回路など扱う対象は広範だ。しかし、この内容をきちんと教えられる教員がどれくらいいるだろうか。


 例えばサーバー側でWebページを生成するシステムをCMSと呼ぶと書かれている。動的CMSならそうだろう。WordPressのようなシステムがなぜか広範囲に利用されているから不思議ではない。けれどHugoのような静的なシステムもCMSと呼べるはずだ。動的CMSはデータベースシステムによってコンテンツを管理するが、静的CMSではGitのようなVCSを利用したファイルベースでのコンテンツ管理が可能だ。


 しかしWebページを生成するServletやNode.jsなどとテンプレートエンジンを利用した動的WebアプリケーションをCMSとは一般的には呼ばない。そのうちEmbedded CMSという言葉が一般的になるかもしれないが、そもそもの定義にあいまいさがあるから様々な可能性が広がり収束しない。いくらか知識がある生徒からの質問に、教員は教科書に書いてある内容を様々な観点から説明できるだろうか。あるいは、そんな必要はないのだろうか。


 こんな中途半端な状況では自身の力で生きていく勇気を持てない若者を社会に送り出していくことにならないか心配だ。なにか新しい要求をする時には、引き換えに何かを失う覚悟があるべきだと思う。ひたすらに要求だけが積み上がるこの社会の今後に、どんな期待が持てるだろうか。

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