第330話 一〇年前
一〇年前……。
「はあっつ!」
「ぐああああっ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……。何で僕が……、こんな目に合わないといけないんだ……」
僕は錆び錆びの剣を持ち、胸を切り裂いたゴブリンロードの前に歩いてく。僕の後方には大量の魔物と一人の冒険者が倒れていた。
当時の僕は五歳になったばかりで普通に歩くのも辛かった。だが、どうしても体がキセキ村に反応してしまった。
向かわなければならないと言う使命感が頭の中に渦巻き、僕を動かしていた。
全身の痛みに耐えながらキセキ村に来てみれば、大量の魔物と泣き叫ぶ声、血みどろの空間だった。
僕はレイトから借りたボロボロの錆びた剣を使い、ゴブリン達を葬っていった。
赤髪の少女が剣を振ってゴブリンを数体倒している姿を見た時は正直にカッコいいと思った。だが、少女の顔は覚えていない。泣いていたのは覚えているがどんな顔だったかは忘れてしまった。
僕は子供ながらに触れたらいけない存在だと思って少女を避けた。ゴブリン達を倒しながら進んでいるとキセキ村の広場で大人の冒険者と体長三メートルほどのゴブリンロードが戦っている場面に遭遇した。
冒険者さんだと一瞬で分かった理由は服装だ。
騎士ならば鎧を着ている。だが、ローブに革製の鎧、靴、薄手の服と言った具合で決してお金を持っているような冒険者ではなかった。でも、戦っていた冒険者はゴブリンロードを懸命に抑え込んでいた。
弄ばれていただけかもしれないが冒険者の覇気は確かにゴブリンロードを気押していたと思う。
僕も加勢しようとした時、冒険者の剣が折れた。そのせいで冒険者はゴブリンロードの持っていた大斧で胸もとをざっくりと切られ、血を噴出して後方に倒れる。
「もったいない男だ……。武器さえよければ我に一太刀でも攻撃を加えられていただろうに……。気合いだけは勇者並みだっただろうが……ただの人間では我を倒せぬ」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。早く……逃げろ……」
冒険者が後方に倒れたため、僕と目が合ってしまった。夕暮れ時だった為、光の加減で絶妙に顔が見えなかった。でも、眼だけは光を反射して闘気を失っているようには見えなかった。
「…………。あ、あの……。胸から血が……」
「俺のことは気にするな……。早く、逃げるんだ……」
冒険者は折れた剣の柄を握り、ゴブリンロードに投げる。だが、大斧で防がれ、冒険者の腕が地面に落ちた。
「勝手に死んだか……。我が殺してやろうと思ってたんだがな……。せっかくの余興が台無しではないか。小僧……、我の前に出たことを後悔するがいい……」
『ドンッツ!』
ゴブリンロードは地面を強く蹴って跳躍し、僕の眼の前におりてきて、大斧を振りかざしてきた。深緑の体色にゴブリン特有の大きな鼻。ゴブリン自体は線が細いのにロードは筋骨隆々に加え、脂肪を蓄えており体が通常個体の一〇倍は大きかった。もとから筋力の高いゴブリンの一〇倍の力となれば、ジャイアントベアの突進力を凌ぐほどの力を持っていた。
『バギッシュ!』
僕の持っている錆びた剣に切れ味などなく、ゴブリンロードが大斧を持っていた右腕を真上から叩き、骨と肉を抉り取る。
「ぐああああっ!」
棍棒のように太い腕だったが、力任せに振りかざした剣の耐久力の方が上だったらしく、聞きなれたくない骨の砕ける音と共に肉が引き千切られる。
腕から黒い血を噴出したゴブリンロードは後方に後ずさりし、まるで化け物でも見るかのような瞳で僕を見下ろしてきた。
ゴブリンロードは一瞬ひるんだものの、即座に腕を再生させ、魔法を使い、僕を攻めてきた。
他のゴブリン達もゴブリンロードが吠えると集まってきた。
僕は全てなぎ倒し、最後、ロードの鳩尾の剣を突き刺して真上に切り上げた。
ゴブリンロードの黒い血が僕に掛かり、臭くてたまらない。後方では倒れた冒険者のもとに赤髪の少女がいた。
「うぅ……。馬鹿、馬鹿、馬鹿! 何で……死んじゃうの……。あんたまで……私を置いてくの……」
赤髪の少女と冒険者は知り合いだったらしい。もう、日が沈み暗かったので顔は良く見えなかったが、赤色の髪だけは良く見えた。僕の体は黒色の血液で塗れていたので闇に紛れていただろう。
「う……、子供と雌だけは……殺すな……」
「なに……?」
「子共と雌は弱い……だから……殺さないでくれ……」
「僕は子供だから、わからないんだ……。よく分からない力で引き寄せられただけで、本当は来るつもりじゃなかったのに」
僕は錆びた剣を持ってロードの頭部に突き刺した。
「はぁ、はぁ、はぁ……。もぅ、全身筋肉痛だよ……」
『ギャギャギャ……!』
「ん? ゴブリン。まだいたのか……」
ゴブリンロードを倒したとき、どこかに隠れていたのか子供のゴブリンが出てきた。
僕はゴブリンを殺そうとしたが、ゴブリンロードの言葉で踏みとどまった。子供と雌だけは殺すなと。
子ゴブリンは木の枝を持ち、僕に向ってきた。当時の僕から見ても子ゴブリンは小さかった。非力な腕で木の枝を僕に叩きつけてくる。
僕がデコピンをしたら一〇メートル以上先に吹き飛んだ。僕の指も折れたけど……。
――もしかしたら、あの時のゴブリンがロードになったのか……。
今の僕は目の前に大量のゴブリンを従えている王を見る。額に小さな傷があり、僕の与えたデコピンの痕だった。やはり、一〇年前の子ゴブリンがロードになってしまったらしい。
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