第319話 低体温症
僕は体を動かし、少しでも体温をあげた。そのお陰か、エナの意識ははっきりして来て、会話ができるようになる。
「はぁ、はぁ……。主、体に汗、すごい掻いてる……。匂い……鼻に入ってきちゃうよ」
「ごめん。でも、動かないと体が冷えちゃうから、少しでも動かないと」
エナは僕の体にくっ付いているものだから、発汗した匂いによって甘えん坊状態になってしまったらしい。だが、その状態であれば体温が急激に上昇するはずだ。今の状況だとありがたい。
エナの体温が上がれば、僕の方も暖かくなる。でも、長い間続くわけじゃないし、エナの体力だって無限じゃない。まだ五歳にも満たない子共に辛い思いをさせてしまっている現状が情けない。もう少し吹雪が止んでくれれば、この状態で突っ走れるのに……。
そう思っていても自然は無慈悲で吹雪は強くなっていく一方だ。
「このままじゃ、明け方まで外に出られそうにないな……」
僕は洞穴の奥へと進む。僕の予想だと、この穴は冬眠用に掘られた穴だ。そうなると、奥には何か生き物がいるはず。
視界が悪いため、ほぼ何も見えないのだが巨大なモフモフに衝突した。
「この手触り……。うん、どう考えても冬眠中のジャイアントベアだな。ここに身を隠していれば、少しは寒さを凌げそうだ」
「あるじぃ、あるじぃ……。はぁ、はぁ、苦しいよぉ……。胸、ギュギュって締め付けられて辛いよぉ……」
「ごめんね。一晩辛抱すればすぐに家に帰れるから。今日は僕と一緒に起きていようね」
「はぁ、はぁ……。あるじ、あるじぃ……。ナデナデして。エナのこと、いっぱいいっぱいナデナデして」
「うん。分かった。一日中撫でてあげる。でも、少しずつ優しくだから、その辛いのは治らないと思う。凄く凄く辛いけど、エナをここで死なせるわけにはいかないんだ。だから、分かってほしい」
僕はエナの背中をゆっくりと摩る。
「はぁ……。はぁ……。主の声、もっと聴かせて。エナ、耳もとで囁かれるの好きなの……」
「分かったよ。何でもしてあげる」
僕とエナはブラックベアーを背に極寒の中を一二時間耐え続けた。
エナにはもとから体力があったのか、僕の愛撫が効いたのか、わからないが眠らずに起きていた。だが、虚ろ虚ろでいつ気を失ってもおかしくない。
真っ暗な状況から日の光が洞窟の入り口に入り込んできた。
雪が積もり、もう少しで入口が埋まる所だったようだ。
入口の雪の壁が風を遮り、洞窟の中が冷え切るのを押さえてくれていたのかもしれない。僕はポロトの剣を抜き、入口の雪を吹き飛ばす。
「はぁ、はぁ、はぁ……。吹雪が止んでいる。今なら帰れるぞ」
「あるじぃ……、あるじぃ……。すきぃ……すきぃ……、大好きィ……」
「エナ、今から帰るから。絶対に寝たら駄目だよ」
僕はエナを抱きかかえながら走る。だが、雪があまりにも積もりすぎている為、真面に走れない。
僕はポロトの剣を振って、雪を吹き飛ばしながら走る。そうしないと、エナが死ぬかもしれないのだ。雪の道を一五分ほど走り、屋敷に到着した。
「はぁ、はぁ、はぁ……。モモ! お湯と毛布をお願い!」
僕が屋敷の中で叫ぶと、やつれたモモが走ってきた。どうやら一睡もしていないらしい。眼の下が黒く、ガウンを肩に羽織り、僕を見るや否や抱き着いてくる。だが今はそれどころじゃない。
「モモ、エナが大変なんだ。低体温症になっている。温かいお湯と乾いた布、毛布を持って来て!」
「は、はい! わかりました!」
モモは羽織っていたガウンを脱ぎ、薄着と下着姿になったのもいとわず、走り出す。
屋敷の中は床下に源泉を循環させている為、とても暖かい。普通に生活している分には問題ないが、エナの状況を改善するには至らない。もう少し温かい場所に連れて行かないと。
僕はエナを胸から出し、湿った服を脱がせる。モモがすぐに戻ってきて、乾いた布と毛布を持ってきた。僕は抱きかかえながら、濡れている体を拭き、毛布とモモの羽織っていたガウンでくるんだあと温かいお湯を飲ませる。
「エナ。お湯を少しずつ飲んで。そうすれば直に良くなるよ」
「あるじぃ…………。あるじぃ…………。エナ、お腹ぁ……すいたぁ……」
「はは……。僕もお腹空いたよ。さ、食事をお腹いっぱい食べるためにはお湯を飲まないと。このままだといっぱい美味しい食べ物が食べられなくなるよ」
「そ、それは……いやぁ……」
僕はエナの小さな口にコップを持っていき、お湯を少しずつ飲ませる。
エナは舌をチロチロと出し、お湯の温度を確かめた後、息をふうふうと弱々しく吹いて冷ましたあとコクコクと飲んでいく。お湯をコップ一杯飲み終わると、少し笑った。
「お湯、暖かい……。主……暖かいよぉ……」
「うん、温かいね。そう感じられるのならエナはもう大丈夫。直によくなるからね。しっかり休んで体調を整えよう」
「うん……」
僕達は寝室に向かい魔石暖炉の傍に向う。他の場所より圧倒的に温かい。この場でエナを抱きかかえながら僕は午前中を過ごした。
実際、僕の体も冷え切っており、少しの休養が必要だと判断した。ふとした瞬間、僕は思い出す。
「モモ、ブレーメンの方たちは戻ってきた?」
「いえ……。まだ戻ってきていません」
僕の肩に寄り添うようにしてうとうとしていたモモは答える。
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