第285話 好敵手

「はぁ、はぁ、はぁ。ふぅ~! 走るの楽しぃ~!」

 

 エナは腕を大きく振って楽しそうに走る。


「……走るのは嫌いじゃないけど、楽しくはないでしょ……」


 パーズは腕をほぼ動かさず、鍛錬だからと仕方なく走っている。


「え~。走るのは楽しいよ。エナ、主と走っている時、すっごく嬉しいの」


「……パーズも嬉しいけど、走るのは楽しいって思えない……」


「ぶ~。パーズ、頭おかしいんじゃないの。走るのは楽しいよ!」


 エナは頬を膨らませて腕を大きく上げて威嚇する。


「……楽しくない……」


 パーズとエナは最近、すこぶる仲が悪い。互いの感覚がずれており、一緒にいて居心地が悪いようだ。


 パーズは鍛錬を楽しいと思えず、エナは鍛錬を楽しいと思えるらしい。ただ、パーズの方は鍛錬をするのが習慣になっているので行動を起こすのに時間はかからず、エナは鍛錬がまだ習慣になっていない為、集中するのに時間が掛かる。


 戦法も違い、パーズはどっしり構えて敵の攻撃を見てから動く受け型で、エナの方は真っ先に自分から動き、敵を翻弄させて攻撃する攻め型なので、本当にかみ合わない。


 でも、かみ合わないからこそ、互いの良いところを高め合える好敵手になるはずだ。


 僕には好敵手がおらず、いつも一人で鍛錬を行っていたので子供達と一緒に鍛錬できるのは嬉しい、でも喧嘩をされると鍛錬の質が落ちてしまうので早急に止めさせなければ。


「二人とも。走るのは楽しいからでも、体を鍛える為でもなく、己を見つめる為に走っているんだ。競い合う必要はない。二人がどう思おうが別に構わないから、ただ走って。この時間は今の己と向き合って鍛錬を行う時、怪我をしないよう感覚を研ぎ澄ませる時間だよ。分かった?」


「ん~、よく分かんない~」


 エナは顎に手を置いて首をかしげる。


「じゃあエナは楽しみながら走ればいい。パーズは淡々と走ればいい。ただ、昨日よりもほんの少し苦しくなるくらいの速さで走った方が成長していけるからね。強くなりたいのなら成長は欠かせないよ」


「じゃあエナ、いっぱい走る~。主、家まで競争ね~」


 エナは僕を追い越し、またしても競争に巻き込んできた。


 一人で走らせるわけにはいかないので僕もついてく。


 僕が走ればパーズも付いてくるので結局三人で競争になった。


 エナは初速こそ早いものの、持続力がなく途中でばてる。


 パーズは初速こそ遅いものの、持続力があり長い間走っていられる。


 どちらも長所と短所があり目的地直前まで迫ってきて僕が一着で到着し、エナとパーズの到着を見守る。


 両者共に一歩も譲らず、互いに負けたくないと思っているのか鍛錬前にも拘わらず超全力疾走をしていた。


 最終的に同着という形になったが二人とも汗だくになって地面に座り込んでいる。


「はぁ、はぁ、はぁ……。もぅ、パーズ、本気出しすぎぃ~。エナ、まだまだ余裕なのにぃ~」


「……はぁ、はぁ、はぁ。こっちも、余裕だし。ちょっと全力で走っただけだし……」


 エナとパーズは互いに嘘をつき、相手よりも優位に立とうとしていた。


 どうやら相手よりも少しは上なのだと知らしめたいらしい。


 競い合うことはいいことだが、比べることはいけない習慣だ。


 どうせ比べるのなら過去の自分と言いたいのだが、二人は互いに成長しているような気がするので喧嘩にならない限り、好敵手という関係を続けてもらいたい。


「二人ともそろそろ鍛錬を再開するよ」


「はーい」エナ、パーズ。


 僕とエナ、パーズは庭で鍛錬を行った。


 剣を振ったり打ち合ったり、体を動かしたり伸ばしたりして身を鍛えていく。


 僕自身はあまり成長していないように思える。だが、パーズとエナはまだ小さいからか、どんどん成長した。


 体の動き方や剣の振り方。僕はパーズの買ってきた剣術教本を読みながら基礎の基礎を教えたり、教本通りに剣をうち待ってみたりとパーズよりも僕の方が教本のお世話になっていると感じる。


「おいおい、子供に何て時間から鍛錬させてるんだよ」


「え? 誰……」


 屋敷の方から僕たちのもとにやってきたのは、黄色い短髪ですらっとした体形のかっこいい男だった。


「は? 俺だよ俺! レイトだ。何で親友の顔を忘れるんだよ」


「え……。レイトなの。あんなに太っていたのにレイトなの?」


「そうだよ。レイト・バレンシュタイン。ブレーブ村の村長の息子だ。お前が一番よく知っている人間だろ」


「でも、一晩でどうやってそんなに痩せたんだ?」


「俺は魔力を使い切ると代謝がよくなってすぐ痩せるんだ。ま、脂肪を魔力に変えて死なないようにしているって感じだ。だから、俺はどれだけ太っても魔力を使い果たせば容易に痩せられるのさ」


 レイトは額に手を置き、決め顔で言った。


 対してカッコいい言葉を言っている訳じゃなくて自分がカッコいいから見てほしいとしか思ってないみたいだ。


 なんてずうずうしい奴。


 子供達も呆れており、レイトに何を思っているのか分からないが決してレイトの評価が上がるわけではないようだ。

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