第278話 地面に倒れている小太りの男

「その本が欲しかったんだ。大切に使ってあげるんだよ。途中で投げ捨てたりしたら可哀そうだからね」


「……うん。分かってる……」


 パーズは頷き、本を開いて読み出した。


「ハオは……、なにを買ったの?」


「ハオ様はマントを買ったぜ。勇者みたいだろ!」


 ハオは真っ赤なマントを羽織り、高らかに拳を掲げた。


「そのマントはいくらだったの?」


「えっとー。確か金貨一枚」


「へぇ、なかなかいいマントを買ったんだね。でも、ちょっと長すぎるんじゃない?」


 マントがハオの丈に合っておらず、床にすれていた。


 僕はマントの端をハオの入ているズボンの中に入れる。こうしておけば床にマントが擦れなくて済むはずだ。


「屋敷に帰ったら丈に合わせて繕うから、いまはそれで我慢してね」


「分かった!」


 ハオは大きく頷き、駆け回ろうとしたところでナロ君に止められた。


「モモは何を買ったの?」


「わ、私は……これを銀貨五枚で買いました。あとの五枚は溜めておきます」


 モモは『誰でも簡単に美味しい料理が作れる本』と表紙に書かれている料理本を買っていた。


「モモが料理できるようになってくれたらナロ君の手間が減るから、頑張ってね」


「は、はい。頑張ります。美味しい料理を作ってご主人様に食べてもらいます」


「う、うん……、期待しているよ」


 モモは僕の表情を見て顔をむすっとしかめた。表情が戻ると決意を固めていた。


「じゃあ最後にナロ君は何を買ったの?」


「僕は何も買いませんでした。もう少しお金を貯めて買おうと思います」


「そうなんだ。まぁ、ナロ君のお金だし、好きに使ってよ」


「コルトさんとエナは何か買ったんですか?」


「僕達は何も買っていないよ。あ……、エナが試食を食べすぎたから、食品は買った。全部で金貨一枚くらいになっちゃったな。エナが食べ過ぎちゃったから、買わざるを得ない状態だったんだ」


「えへへ~。美味しかった」


 エナは頬を抑えて満足げな笑顔を浮かべる。先ほど叱ったのでもう、言わないがこれからも同じことで叱らないといけないような気がしている。


「それじゃあ、皆、楽しんだということで村に帰りますか」


「はーい」×子供達。


 僕達は大きなお店を出て駐車場に向った。


 兵士さんが巡回しており、馬車の中身は無事だと判明した。僕は子供達を馬車に乗せ、モモと一緒に前座席に座る。


「じゃあ、街の周りをまわって入ってきた門まで戻ろうか」


「はい、分かりました」


 モモは馬を動かし、街の外側にある大通に出た。少し走らせていると見覚えのある建物があった。


「ウルフィリアギルドの支部が見えてきた。もうすぐ入ってきた入口が見えるはずだよ。曲がれないともう一周する羽目になるから気を付けて」


「分かりました」


 モモは身を引き締めて、出口に向かって馬車を進める。


 その際、馬車はウルフィリアギルドの前を必然的に通るのだが見覚えのある金髪小太りの男が情けない格好で倒れていた。


――あれ、どう見てもレイトだよな。もしかして死んでいるのか、それとも死にかけなのか、いったい何があったんだ。


「モモ、ウルフィリアギルドの方に馬を向かわせてくれる」


「了解です」


 モモは手綱を傾け、馬車をウルフィリアギルドのある番地に向かわせた。モモはウルフィリアギルド前にある駐車場に馬を止めた。


「ちょっと、知り合いかもしれないから、見てくる。モモはここにいて待っていて」

「分かりました」


 僕は馬車の前座席から飛び降りてウルフィリアギルドの入り口に向う。


 その場にはパンツ一枚の男と怖い顔の大人が集まっていた。集団で暴力を振るわれているのかもしれない。


「すみません。何をしているんですか?」


「あ? この金髪の男が金を払わねえから奴隷になるか冒険者になるか選ばせてやってるのに、一向に決めやがらねえんだ」


「ゆ、許してくださいぃ……。まさか、そんなに飲んでるとは思わなかったんですぅ……」


 金髪小太りの男は地面に顔を着けて謝っていた。


「あの、いくら飲んだんですか?」


「大金貨五枚分だ。こっちも商売なんでな、きっちり払ってもらわねえ困るんだ。それともなんだ、優男の兄ちゃん、あんたが大金貨五枚払ってくれるのか?」


「いったい何を飲んだら大金貨五枚になるんですか?」


「うちの店は嬢と一緒に飲める特別な場所だ。一本大金貨一枚の酒も多い。初めはビビッて安い酒を頼んで飲んでいたんだが……。嬢に入れ込んで、高い酒に手を出した。金がほぼねえのに馬鹿なやつだ」


「ちょっと、そこの男と話しをさせてもらってもいいですか?」


「あ? 別に構わねえけど……」


 僕は周りにいる強面の男たちの間を通り、地面で恥ずかしい格好をしている友人に話しかけた。

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