第272話 ナロ君の過去
「エナ、満足した?」
「満足した~!」
エナは僕の頬に擦り寄ってくる。もちもちの肌が僕の肌に触れ擽ったい。
僕はエナをぎゅっと抱きしめ、抱擁する。
エナは尻尾をブンブン振って嬉しさを体現する。
エナは何も要らないと言っていたので僕の愛情を与えてこうと思う。他の子にも与えているが、送り物の分を多めにしても何も言われないはずだ。
「はぁ~。エナ、主がいたら何も要らない。それくらい、主と一緒にいられるのがうれしぃ」
「ありがとうね、エナ。そんなふうに言ってくれると僕も嬉しいよ」
僕達は玩具屋から本屋に移動した。
「ナロ君。僕じゃどんな教科書と文房具を選んだらいか分からないから、ナロ君に選んでもらっていいかな? パーズとハオは僕が見ておくから。あ、必要な教科書は何冊でも買っていいからね」
「はい。分かりました」
僕はナロ君からパーズとハオを預かる。
ナロ君は本屋さんの中に入って行く。僕達も後をついていくように中に入った。
「うわぁ……。いろんな本がいっぱいだ。ちょっと気分が上がるな」
僕達がお店の中に入ると、本棚にいくつもの本がずらっと並んでいた。
剣術の書かれた本や魔法の使い方が書かれている本。
一冊金貨一枚となかなかにお高いが、教養は身につけておくに越したことはない。
僕も教養には結構興味がある。
ただ、いざやろうとすると、畑仕事か酪農の仕事をしていればいいやとなってしまう。
この機に僕も教養を着けてみようかなと思っていた矢先、エナが本をパラパラと読み始めているのに気が付いた。
「エナ、何を読んでいるの?」
「えっと……。文字の本。平仮名とカタカナ以外の文字を覚えたら面白そうだと思ったの」
エナは単語の書かれた本を読んでいた。
内容の一例として『本』という文字と『ほん』と言う平仮名が書いてあり、本の絵が描いてある、と言った感じだ。
エナはパラパラとめくりながら平仮名の文字を口に出していく。
「ほん、つくえ、いす、まど、とびら……」
エナは絵本に近い本を読み進めて数分がたった。
「ふぅ~。主~、全部おぼえた~」
「え……。う、嘘……」
僕は確かめるために文字だけを見せてエナに読ませてみる。
「『鏡』は?」
「かがみ!」
「『海』は?」
「うみ!」
「『薔薇』は?」
「ばら!」
「す、凄い……。記憶力どうなってるの……」
「ふふふ~、エナに掛かれば簡単簡単」
僕は少し意地悪をして逆のことをやらせてみた。
だが、エナは手に指文字で伝えてくる。
またしても全問正解し、恐怖すら覚えたが僕はほめた。
「頑張ったね。エナ。まさかこんなに解けるとは思わなかったよ」
「えへへ~。あるじ、もっとほめてぇ~」
エナは尻尾を大きくふり、本の上に掛かっている埃を取るはたきのような動きをする。
エナに構っていた僕はハオとパーズの方を見てみる。二人も本を見ており、何を見ているのかと思い、覗いてみる。
パーズは剣術の本を見ていた。内容を読んでいるというより、参考の絵を眺めているだけだった。所々なんと書いてあるのかを聞いてくるのでその都度教えてあげる。
ハオは絵本を読んでいた。勇者の伝記を題材(モチーフ)とした絵本だ。食い入るように見ており、尻尾を動かしている。ときおり顔がこわばったり、笑顔になったりと絵本を読んで感情の変化を楽しんでいた。立ち読みしすぎるのもいけないと思い、僕は三人を連れてナロ君を探す。
「あ、コルトさん。これだけの教科書がありました」
「す、凄い量だね……」
ナロ君は大量の教科書を抱えていた。いったい何冊あるのか分からない。
「それは全部必要な教科書なの?」
「いえ、そういう訳じゃないですけど初等部から中等部までの全範囲を網羅するにはこれくらいが必要かと」
「ナロ君、そんなに一杯覚える気なの?」
「はい。そうですよ。と言っても初等部くらいまでは全部覚えてるので教える時、知識の確認のために必要だと思いまして」
「ナロ君は学園にでも行っていたの?」
「いえ、行っていませんよ。両親が村で教師をしていたので教えてもらっていただけです」
「ご両親は獣人だよね」
「はい。どちらも獣人ですよ。僕の種族は昔から頭のいい家系なので村の教育係に任命されていたんです。僕もその役目を果たすために勉強してました。ですけど、村が山賊に襲われて両親と僕は引きはがされました」
「ご、ごめん、なんか重苦しい話をさせちゃって」
「いえいえ。別にいいですよ。両親は僕が死ぬよりも生き延びているほうがうれしいに決まっていますから」
「ナロ君の村はどうなったの?」
「えっと、一部始終しか見ていないのであんまりよく覚えていないんですけど、村の男たちが総出で山賊を倒しまくっていたので山賊は逃げました。僕は逃げた山賊に連れ去られて奴隷商に売られたわけです」
「そうだったんだ。それなら、探せば村を見つけられるんじゃい?」
「どうでしょう。一度襲われたら、村を放棄して別の場所を探すと思うので以前の村に出向いても意味はないと思います。世界は広いですから、名のない一つの村を見つけるなんて凄く難しいと思います」
「でも、両親が生きている可能性があるんでしょ。それなら、探してもいいんじゃないかな」
「そうですね。いつか、探せる日が来るといいですね」
いつも穏やかそうな顔をしているナロ君でも、壮絶な過去があるのを知り、僕は少し涙ぐんでしまった。
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