第242話 澄み切った空に……
「うぉ~。なにこれ! 透明なのが丸い球になった!」
エナは眼を輝かせ、石鹸の膜で作った球体に触れる。
『パッ……』
「あ、また消えちゃった……」
「エナ、今の玉はシャボン玉って言うんだよ。今は大きかったけど、少し強めに息を吹きかけると……」
僕は石鹸の膜に息を少し強めに吹きかける。
『ポ、ポ、ポ、ポ、ポ、ポ……』
「うぉ~! なんかいっぱい出て来た!」
小さなシャボン玉が大量に生まれ、広い浴場に漂っている。
他の子供達も何が起こっているのか興味津々でパンっ、パンっ、とシャボン玉を両手で割る音が聞こえる。
「主~。もう一回やって。エナも割りたい!」
「今は掃除中だからだめ。もう少し頑張ったら休憩にするから、それまではお預け」
「む~。じゃあ、エナいっぱい掃除する」
エナは泡立ったスポンジを持ち、壁にこすりつけていく。
薄汚れていたお風呂場の壁はみるみるうちに綺麗になっていった。
僕もブラシで床を擦り、汚れを落としていく。
ある程度、床を擦ったら、お風呂に溜まっていたお湯をかけて汚れを流した。
すると、黒ずんでいた床が綺麗になり、少し白くなっていた。
僕達は午前9時ごろから正午まで掃除を行い、午後14時まで二時間の食事と昼休憩を挟む。
昼休憩は今日も外が快晴だったので、外で遊んでいた。
「主~、さっきの透明なやつやって!」
エナが待ちきれない様子で僕にせがんでくる。
「あぁ、シャボン玉ね。いいよ」
僕は外の手洗い場においてある石鹸を持ち上げてよく擦り、泡を作る。
石鹸の膜が作れるようになったら、広い庭でシャボン玉をいくつも作った。
「うわ~! 透明な玉がいっぱい!」
エナはシャボン玉を追いかけ、いくつも叩き割って行った。
「……ふっ! ふっ!……」
パーズは木剣を使い、身の回りに来たシャボン玉を割っていく。
「凄い、キラキラしてる……。わっ、眼に何か入った……、主様ぁ、なんか沁みるよぉ……」
ミルはただ眺めていただけなのに、目の前でシャボン玉が割れてしまい、石鹸の液が眼に入ってしまったようだ。
「モモ、ミルの眼を水で優しく洗って来て」
「分かりました」
僕は両手が石鹸塗れだったので、ミルの処置はモモにお願いした。
「捕まえたー。主様の作ったシャボン玉。凄い綺麗です」
マルは器用にシャボン玉を手にくっ付け、眺めていた。
「ハハハ!! ハオ様が全部割ってるやる!!」
ハオは縦横無尽に動き回り、シャボン玉を追いかけていた。
――目新しいものだから皆楽しそうにしているな。ミルはちょっとかわいそうだったけど、石鹸が少し眼に入ってもすぐに洗い流せば失明する確率は低いはずだ。というか、シャボン玉なんて何年ぶりに作ったかな。久しぶり過ぎて分からないや。でも、みんなが喜んでくれるのなら嬉しいな。
その後、僕は手が乾燥するまでシャボン玉を作り続けた。
エナ達は遊び疲れたのか、日向で草むらに倒れ込むようにして眠っている。
そのままだと日焼けや熱中症が怖いと思ったので、日陰に移動させた。
「子供達、凄いはしゃぎようでしたね。あんなにはしゃぐなんて、よっぽど心が動かされたんでしょうね」
モモの膝でパーズがすやすやと眠っていた。
モモはパーズの頭を撫でてあげている。
「そうだね。シャボン玉に心を奪われてたんだよ。奇怪なのに、はかなく消える。変わった現象としてとらえたのかな。好奇心を刺激されたのかも」
僕の膝でミル、マル、エナの三人がすやすやと眠っていた。
「シャボン玉は動きますし、触ると割れると言う物質ですから、ちょっとした狩りに似てたんですよ。本能を刺激されて倒したくなったんだと思います。あと、普通に綺麗だったので触ってみたくなるのも心の影響でしょうね」
ナロ君の膝の上でハオが涎を垂らしながら、眠っていた。
「こんなにも穏やかな日がいつまで続くのでしょうか……」
モモは小さく呟いた。
「そうだね。いつまで続くだろう。僕にも分からないよ。でも、今は穏やかな時間が流れている。それだけでもまったり感じればいいんじゃないかな」
「はい。時間を待つと言う行為は奴隷商といる時も変わらなかったのに、今は全く別の感情でこの場にいられます。今ならずっと待っていてもいいくらいです……」
僕達は澄きった青い空を見上げながら、深呼吸する。
少し冷たい風が体の中に入ってきてとても心地よい。
「私、こんな生活がいつまでも続いてほしいって思ってしまいます……」
「きっといつまでも続くよ。子供達は成長して変わっていくかも知れないけど、僕たちの変化は微々たるものだから、楽しい生活はずっと続いていく。今よりもいい生活になっていくかもしれない」
「そうですよ。まだまだこれからいっぱい変わっていきます。でも、今以上に楽しい生活になるのは間違いありません。ですから、モモちゃんは何も心配いりませんよ。僕達の身分は奴隷ですけど、普通の奴隷が許されない行為をしてもコルトさんなら対外許してくれるはずです。恐怖することなんて、もうぱっと思いつきませんよ」
「まぁ、僕は犯罪以外なら何でも許しちゃう甘々な主だから、二人も好きな道に進むといいよ。どんな道に進んでも僕は皆を応援する。お金が掛かることでも僕に相談してくれたら、配慮するよ」
「何か、私達だけ恵まれすぎていて、いいのかって思ってしまいます。他の奴隷は皆苦しい思いをしているのに、私達だけこんなに幸せな生活をしていいなんて……」
モモの表情は少し暗くなり、下を向いて呟いた。
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