第241話 石鹸の膜

「ナロ君も抱き着いておく?」


「僕は父と母に沢山の愛情を貰いましたから別に抱き着かなくても大丈夫なんですが……一応」


 ナロ君も僕にくっ付いて最終的に僕達は団子になった。


「うぅ……。ご主人様に抱き着いてるとあり得ないほど安心してしまいますぅ……」


「モモ、そんなに不安だったんだ。ごめん、家で寝かせていたのが間違いだったかな」


 僕はモモの頭を撫でて不安を取り除いてあげた。


 いったいどんな不安を抱えているのか分からないが、僕といるときは不安を感じないのなら日常は怖いことだけじゃないと教えてあげるための橋掛かりになれると思った。


「モモは子供の頃、こうやって抱き着いた経験は?」


「覚えがありません。父と母は元から知りませんし、お爺ちゃんにこんなふうに抱き着くのは悪いと思ってずっと我慢してました」


「そうなんだ。子供の頃に沢山愛情を受けないと精神が不安定になりやすいっておばちゃんが言っていたから、もしかしたらモモはそう言った節があるのかも知れない。だから不安を感じやすいんだと思う。でも、大丈夫。何も怖がらなくてもいい。日常の中にある不安はたいして致死性のない微小な刺激だから、気にしなければ不安を感じにくくなるはずだよ」


「ご主人様……」


「敏感に危険を察知してしまうのは獣人の特徴かもしれない。モモはそう言った感覚が他の子よりも強いんだと思う。だから、小さな不安にも敏感に反応してしまうんだ」


「確かにモモちゃんは他の子達よりも聴覚や嗅覚が優れてますし、他の視線などを察知できる肌感もあります。そのせいでモモちゃんは不安に陥りやすかったんですね」


 ナロ君はモモの背中をさすり、落ちつかせていた。


「モモ、よしよし〜。皆がいるから怖くないよ〜」


 エナはモモの頭を撫でる。


「モモさんの肌スベスベですー。おっぱいふわふわー」


 マルはモモの乳房を揉む。


「ちょ、マル、どこに触ってるんですか」


「モモさんの脚、綺麗……」


 ミルはモモの太ももをさする。


「……尻尾、ふさふさ……」


 パーズはモモの尻尾を撫でる。


「ハオ様が擽って笑わせてやるぜ」


「ちょ、皆して私を触らないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」


 モモは子供達に囲まれ、たくさん触れ合っていた。


 少し過剰すぎるかもしれないが、日常の中に不安な要素が少ないと分かってもらえる気もする。


「モモ、辛くなる前に僕に言うんだよ。ナロ君や婆ちゃんでもいいけど、辛いと思う前に感情を晴らさないと昨日みたく一気に疲れが出やすくなる。事前に気分が悪いと分かっていたら、その時から安静にすれば被害を最小限に出来ると思うんだ」


「昨日はお騒がせして申し訳ございませんでした。でも今日は昨日の不調が嘘みたいに元気なんです。ご主人様に力を分けてもらったような気がします。なので今日から私も復帰……」


 僕はモモの言葉を遮って発現する。


「まだ思いっきり働くのは駄目だよ。こまめに休憩をとりながらね」


「は、はい……」


「久しぶりに皆同じ時間に起きたね。時間は午前7時くらいだし、居間に行こうか」


「はーい」×子供達。


 僕達はぐちゃぐちゃになった布団たちを綺麗にたたみ、部屋の押し入れに入れておく。


 その後、部屋を出て居間に向った。


 朝食を爺ちゃん、婆ちゃんたちと一緒に食べて食器の片づけ、家の掃除、洗濯などの家事を皆でいつも通り行った。


 今日の朝は珍しく何も起こらず、穏やかな時間が流れていた。


「ご主人様、部屋の掃除が終わりました」


「ありがとう、モモ。じゃあみんなで屋敷の掃除に向おうか」


「はーい」×子供達。


 僕達は家事も一通り終わらせ、森の奥にある屋敷に向う。


 森の道中に何か魔物が現れないか心配していたが精神をすり減らしただけで終わった。


 僕達は屋敷に無事到着し、お風呂場の掃除の続きを行う。


 ブラシで床を、スポンジで壁を擦っていく。


 汚れの落ちにくい場所は石鹸や重曹を使って綺麗にした。


 すぐさまお湯で流さないと足を滑らせる子がいるので、石鹸などを使う場合は僕がしっかりと見ている時だけにする。


「主〜、ぬるぬる〜」


「そうだね。さ、これで擦っていくよ」


 エナの持っているスポンジに石鹸を着け、泡立てる。


 すると、白い泡が生まれた。


 エナは石鹸を擦り合わせ伸びる膜で遊んでいる。


「エナ、手で輪を作って息を優しく吹いてみて」


「手で輪っか?」


 僕は自分の手にも石鹸を着け、こすり泡立てる。


 石鹸の膜が作れるようになったので両手の人差し指同士、親指同士をくっ付け輪を作った。


 すると、輪には石鹸の膜が出来ており、少し息を吹きかけるだけで震えている。


「おぉ〜。なんか、透明なの出来てる。なにこれ?」


 エナは好奇心からか、輪の膜に指を突っ込んだ。


『パッ……』


「あ、消えちゃった……。主〜、今の何?」


「あれはね。石鹸で作った面白い膜だよ。ちょっと触らずに見ててね」


 僕はもう一度同じように石鹸の膜を作り、息を吹きかけた。


 すると、膜が膨らみ円形になる。


 大きな球体が空中に浮きあがり、明かりに照らされて虹色の光を膜に映していた。

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