第239話 無理やり甘えているわけじゃない

「あるじさまぁ……。はやくぅ……。ミルの気持ちいところ撫でてぇ……。撫でてぇ……」


「はいはい。落ち着いて。すぐ治してあげるから。今回は僕が悪かったみたいだから、ごめんね」


「何で、あるじさまが……、あやまるの……? ミル、撫でられて嬉しいのに……」


 ミルは自分が発情していると気づいていないらしい。


 ただ甘えているだけだと感じているようだ。


 それなら、別に知らせる必要もない。


 僕はミルを撫でて静めればいいだけの話だ。


「僕が誤ったのはミルに無理やり甘えさせちゃったことにだよ」


「無理やり……? べつに、ミルは無理やり甘えてないよ……」


――僕の匂いに当てられたのか、撫でられた刺激で体が反応したのか、その両方か。まぁ、ミルにはまだ分からないか。きっと大人になるにつれて僕の匂いも嫌になってくるだろう。そうしたら自然に離れていくか。


「ミルは主様に甘えたいから甘えてるだけだよ……。だから、主様は謝らなくて、いい……」


「ミル、そう言ってくれてありがとう。今は好きなだけ甘えていいから」


「うん……」


ミルは僕の方を向き、体にぎゅっと抱き着く。


 どうやら背中を撫でてほしいみたいだ。


「背中を撫でてほしいの?」


「うん……。ミル、体が硬いから、上手く背中を触れないの……。だから、撫でられると気持ちいいの……」


「そうなんだ」


 僕はミルの要望通り、背骨の溝にそって尻尾の付け根辺りまですーっと撫でてあげる。


「んグぅ……。それ、気持ちいいの……」


「好きなだけ気持ちよくなっていいからね」


 僕はミルの甘えん坊状態が元に戻るまで、優しく撫で続けた。


 撫でれば撫でるだけ、ミルの声は甘くなり、猫なで声になっていく。


 他の子達は元気に遊び、ミルは僕に何度も撫でられて気持ちよさそうな表情を浮かべる。


「はぁ、はぁ、はぁ……。す、すごい気持ちよかった……。主様に撫でられるの、大好き……。何でかな、いつも、もっと撫でてほしいのに……、眠たくなってくるの……」


 ミルは僕に抱き着いたまま、眼を蕩けさせて眠たそうな顔を浮かべる。


「撫でられすぎて疲れちゃったんだよ。そのまま寝た方が、疲れがたまらないから我慢しない方がいいよ。僕が背中をトントンってしてあげるから、ぐっすり寝るといい」


「う、うん……」


 僕はミルを抱き上げ、赤子を癒すように背中を優しく叩きながら少し揺すってあげる。


 すると、ミルは寝息をたてながら眠った。


「ふぅー。よかった。眠ってくれた。これを毎回毎回やるのは僕も大変だよ。でも、ミルの撫でられている時の顔、可愛かったな。トロトロに蕩けてたよ。そんなに撫でられるのって気持ちいのかな。僕には分からないや」


「主~。遊ぼ~」


 エナは服に大量の草を着けた格好で僕のもとにやってきた。


「凄い草塗れ……。今すぐ草を払って綺麗にしてね」


「はーい」


 エナは全身を震わせて草を払った。


「じゃーん。綺麗になった。凄いでしょ~」


 エナの服についていた草は確かに綺麗に落ちている。


 だが、エナの髪はボサボサになり、顔に掛かっていた。


「エナ、無駄に服を汚したらだめだよ。でも、一気に振り払えるなんて凄いね。偉い偉い」


 僕はエナの頭を撫でるのと同時に乱れた髪を整える。


「えへへ~。あ、ミル。また主に抱かれて寝てる。いいな。いいな~。エナも主に抱かれた~い」


 ミルは僕の服を引っ張ってぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「エナは元気でしょ。ミルはちょっと疲れちゃったんだよ。だから、寝ているの」


「じゃあ、エナも疲れたー。もう、動けなーい。あるじ、だいてー」


 エナは草むらに倒れ込み、棒読みで助けを求める。


「もぅ、仕方ないな」


 僕は左手でミルを抱きながら、エナの胴体に右手を入れて持ち上げたあと腕に座らせるように腕の位置を変える。


「これでいい?」


「いい~」


――今、魔物が現れたら皆を守れないぞ。両手が塞がっているから、脚で蹴り飛ばすくらいしか対抗策がないな。って、考えてもここら辺には魔物が近寄らないよう、魔物避けの結晶が置いてあるから大丈夫か。


 僕達は屋敷の庭で遊び、夕方になったころ、実家に帰った。


「ふぅー。ただいまー。って、モモ。もう起きて大丈夫なの?」


 僕が玄関に入るとモモが箒を持って掃除をしていた。


「あ、お帰りなさい。ご主人様。私はもう大丈夫です」


「ほんとに?」


「ほんとです」


「まぁ、モモが大丈夫だと言うのなら、僕は良いんだけど、7日間くらい休まなくてもいいの?」


「そんなに休んでたら、私は暇すぎて死んでしまいます。何もしないって凄く辛いんですね。私は動いてないと気分が上がらないみたいです」


「体調が悪い時は無理しなくてもいいのに……。それで、モモは何で箒を持っているの?」


「家の掃除をしていました。掃除をしているとなぜか落ち着くんですよ」


「そうなんだ。でも、今日はもうしなくていいから。もしかして長い間掃除してたの?」


「いえ、一時間から二時間くらいです。なのでそんなに疲れていません」


 モモは笑顔で箒を握り、動いて掃除が出来ると言いたげな表情を僕に向けている。

 

 そこまでして僕達と一緒に行動したいらしい。

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