第155話 勇者と守る者

「はあっ!!」


僕は直進して全方位からの攻撃を回避し、目の前にいるトロントに狙いを定める。


5メートルほどの高さで、きっと木の幹の太さは直径1.5メートルほどだろう。


ポロトの剣の長さは約140センチほど。切り裂けなくはない。


先ほどのトロントも綺麗に真っ二つに切り裂いたのだ。


――1本ずつ確実に倒す。トロントの攻撃は決して速くない。ゴブリンの攻撃に反応できるならモモでも十分冒険者さんを守れるはずだ。


僕はぬかるんでいる地面を思いっきり踏みつけて加速する。


「はあっ!!」


『グワワワワワ!!』


僕はトロントの体を横一線に割き、切り株と木の幹に分けた。


トロントは木に悪質な魔力が溜まった状態と言われているので、魔力が大量に流出するほどの傷を与えれば倒せる。


「よし、まずは1本。次々行くぞ」


僕は動かなくなったトロントの切り株を足場にして攻撃を加えてきている他のトロントに飛び掛かる。


『グワワワワワ!!』


トロント達は撓らせた枝を鞭のように振るい、僕に被せてくる。


「ふっ! はっ! せい!」


僕は空中で枝を切り裂きながらトロントに急接近し、跳躍した勢いそのままに剣を振るった。


2本目のトロントを倒し、囲っていたはずのトロント達が慌てだす。


「よし、2本目だ。トロント達、今、逃げようとしても遅いよ」


トロント達はそそくさと僕のもとから離れていき、モモと冒険者さんの方に向う。


「僕を狙っていたんだろ。だったら最後まで、僕と戦いなよ」


僕は手負いの方に向うトロント達を次々に切り裂いていく。


僕は力を殆ど入れていない。


使っている『ポロトの剣』あまりにも切れ味がいいのだ。


豆腐を切り裂いているかのような感覚に陥り、刃こぼれ1つしていない。


僕が使ってきた剣の中で間違いなく最高の品だ。そう、何度も思わされる。


僕はモモ達の周りを囲おうとしていたトロント達を一掃し、安全を確保したうえで2人に話しかける。


「モモ、冒険者さん。大丈夫」


「は、はい。大丈夫です。ご主人様こそ大丈夫ですか」


「うん、僕の方は怪我していないから問題ないよ」


「あのトロント達をたった1人で……。あんた、凄いな……」


怪我をしている冒険者さんは眼を見開いて僕に視線を向けた。


「いえ、僕が凄いんじゃなくてこの剣が凄いんですよ。僕はただ振るっているだけです。それより、他の冒険者さんはどこに行ったんですか?」


「分からない……。トロント達に襲われて、ちりぢりになってしまったんだ」


「そうですか。なら森をくまなく探していくしかありませんね。冒険者さんは立てますか?」


「すまない……。足が折られていて立てそうにないんだ」


「分かりました。では、森の外に一度出て安全な場所まで運びます」


「ありがとう……。恩に着るよ……」


「気にしないでください。グラスさんも心配ですが今は冒険者さんを危険な場所から救う方が大切ですから。モモ、冒険バッグから包帯を出して」


「はい!」


僕は普通の木を切り、真っ直ぐな棒にして冒険者さんの折れた足に当てる。


そのまま包帯で巻き付け、応急処置をした。


「これでよし」


僕は冒険者さんを背負い、急ぎ足で森から出る。


キャラバンの睡眠用の天幕に運び、ベッドに寝かせた。


「モモ、やっぱりあの森は危険だから馬車に戻るんだ。僕は冒険者さんを探して救出してくる」


「嫌です」


モモはきっぱりと言った。


「モモ……。わがままが過ぎるんじゃないかな」


「私は最後までご主人様の力になります。先ほどのように囮にもなりますし、敵をおびき寄せるための餌にもなります。だから……」


モモは何かを焦っているようだった。


『自分は僕の役にたてる』と、それを今すぐにでも証明したいと言っているようで、なぜか僕の心は苦しくなる。


自分を蔑ろにするような作戦まで考え、実行しようとするのは奴隷としては素晴らしいかもしれない。


でも、モモは僕の奴隷であって奴隷ではない。


矛盾しているが確かにそうなのだ。


「モモ、何を焦っているのか知らないけど、僕はモモに危険な目に合って欲しくない。きっとあの森の中にはさっきのタルピドゥ達の攻撃やゴブリン達よりも厳しい敵が待ってる。そんな所にモモを連れてはいけないよ」


「わ、私がトロントを発見できなかったからですか。私が、ご主人様の役にたてなかったからですか……」


「なんでそんなこと言うの。モモはここまでよくやってくれたよ。あとは馬車で休んでいればいい。あの森に親玉がいるのは分かったんだ。もう一度入ればここまで安全に戻って来れるか分からない。たとえ僕がやられそうになっても増援の冒険者さん達が来るまでは耐えるから」


「ご主人様……。奴隷ながら厚かましいお願いですが私を守ってください……。先ほども言った通り、私は厄災を引き寄せる呪いが掛かっています……。皆のもとに戻ったらまた、危険にさらしてしまう。ですから……」


モモは自分のいる場所に危険が舞い込んでくるのを恐怖していた。


自分はどうなってもいいかもしれないが周りには危害を加えたくない。


そう言った心境だろうか。


モモのいるところに厄災が振りかかるのだとしたら、それから守るのが主人である僕の仕事だ。


ただ、今の僕にモモを守りながらタルピドゥの親玉とトロント達の親玉を倒せるのか聊か不安があった。


(――勇者っていうのは、守る者がいた方が強くなるんだぜ)


「へ……。何、今の」


僕の頭の中に知らない声が聞こえてきた。


全く聞き覚えの無い声なのになぜかよく知っている気がする……。


(――お前は強い。安心しろ、魔物に後れは取らないさ)


「ま、まただ……。別の人の声……」


「あのご主人様、大丈夫ですか」


「え、あ……うん。大丈夫……」


――いったいあの声は、何だったんだ……。絶対に聞き覚えの無い声なのに、知っている。変な感覚だ。言葉を聞いた瞬間にさっきまでの不安が消えた。


「モモ、僕が君を絶対に守るよ。だから安心して」


僕は泣きそうだったモモを抱きしめる。


何でこんな行動をとったのか分からない。だが、そうした方がいい気がした。


「ご、ご主人様……」


「モモ、森に戻ろう。冒険者さん達を一緒に救うんだ」


「は、はい!」


――冒険者さん達を助けて、親玉を2体倒す。それも、モモを守りながらだ。でも何でだろう、僕ならできる気がする。


僕達は森にもう一度向う。

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