第146話 化け物扱い
「あの、頭を上げてくださいよ。僕だけじゃ助けられなかったんですから。ここにいる皆で助けたんですよ」
「そ、そうなのか……」
「エナ、主の紐、引っ張った~!」
エナが骨付きの肉を掲げながら叫ぶ。
「おわああああ!」
グラスさんは、おでこを地面に叩きつけて凹ませていた。
「え……」
あのエナも、声にならない表情をしている。
「グラスさん、落ち着いてください。どうしちゃったんですか」
「コルト達がいなかったら、娘が死んでいた。これほど感謝したくても、感謝しきれない気持ちになった覚えは一度もない!!」
「お、大袈裟ですよ。僕達がいなくても助かっていたかもしれないじゃないですか」
「いや……。九頭竜川に流されたら最後、助かる方法は、ほぼない」
「え、魔法とか縄とか、助ける方法がいろいろありますよね……」
「並大抵の魔法使いじゃ、あの激流から人を持ち上げれない。縄で持ち上げようにも、縄を引っ掻ける行為自体が困難だ。それを激流の中、人が流れていくほんの数秒の間に判断して行うなど皆無……。一般人が見つけたとしても、九頭竜川に流れている人を助けに入る者は絶対にいない」
「え……」
「とあるAランクの冒険者が九頭竜川をなめてかかり、流されて死んだ。流されている子供を助けようとしたAランク冒険者パーティーも、魔法使い以外死んだ」
「Aランク冒険者が……」
「それも、昨日ほどの大雨じゃない。普通の雨の時でだ……。昨日の大雨は近年まれに見る豪雨だった。そんな状態の川を流されて普通に生きていられるとは到底思えない」
「あの……。普通の人だと、川に入ったとたんどうなりますか……」
「入った瞬間から流される。川の流れを逆らいながら泳ぐのは不可能、横断するのさえほぼ不可能だ。もしできるのなら普通の人間じゃないな」
――そうなんだぁ。僕、行って帰ってきたんだけど、普通の人じゃないんだ。
「コルト、お前はどうやって娘を助けたんだ」
「えっと……。川に入る前に縄を体に巻き付けて、剣に縄を縛り付けて岩に挿しこみ固定。命綱の替わりにしました。そこから、流れてくるのを見計らって、飛び込みマインさんのもとに泳いでいき、抱き寄せて川岸まで泳いだ後皆に引っ張り上げてもらいました」
「う、嘘だろ……。川を泳いだ……。コルト、お前人間なのか……」
グラスさんは化け物を見たかのような眼を僕に向けてくる。
僕がされて一番嫌な顔だ。
化け物じゃないのにまるで僕を化け物扱いしているような眼が僕は凄く苦手……。
「おっちゃん! 主は化け物じゃないよ~! 主が凄いのは当たり前なの~!」
「そうです! 主様が化け物なら、私達は何なんですか!」
エナとマルはグラスさんに反論する。
「そ、そうだな。人を化け物扱いするのはよくないよな。すまない、あまりにも規格外だったんでな……」
「ぼ、僕は人ですよ。化け物じゃありません」
「すまない。恩人を化け物扱いするなんて俺はなんて愚かな男なんだ。ふっぐ!」
『ズガガガン!』
グラスさんは元から凹んでいた地面に向って頭突きをする。
頭が割れたのかと思うほどの音が鳴り、地面が地割れのようにパキパキと割れた。
「この通りだ、許してくれ!」
「い、いいですよ。僕は気にしませんから。それより、食事を楽しみましょうよ」
僕はグラスさんの土下座があまりにも綺麗だったので笑いをこらえるほうが大変だった。
化け物扱いも10年間されてるので慣れた。
と言いたいが、まだ慣れてなかったみたいだ。
やはり、化け物扱いされるのは辛いな。
僕も普通になれたはずなのに……、でも、普通になってたら僕も死んでたのか。
矛盾だ……、自分ではいらない力なのに、誰かのためには必要なんて。
でも、村に帰ったら穏やかな日々が続くはずだ。
勇者の力なんて、現れないはずだ。
だって、僕にはもう勇者のスキルを持ってないんだから。
「主~。肉うまうま~!」
「エナ、食べすぎると喉を詰まらせるよ」
「だいじょぶ~ ちゃんと30回噛んでるから~」
エナは律儀に噛む回数を守っていた。
周りの子供達もエナがやっているのだから自分たちもやらなければと思っているのか、がっついていたころとは違い、少し大人の食事をしている。
「ご主人様。お肉をお取りしました」
遠くに置いてあった別の肉をモモが持って来てくれた。
「ありがとう、モモ」
「いえ、対したことはしてませんのでお構いなく」
モモは自分のいた位置に戻っていく。
モモの前には肉の無くなった骨が何本も置いてあり、皿の上に積まれていた。
子供達の前にも骨が何本も積みあがっている。
「いつの間にか凄い量を食べたんだな……。掃除するのが大変だ」
僕はてっきり骨を捨てる物だと勘違いしていた。
皆もお肉を沢山食べて満足していたので骨を回収しようとしたら。
「エナ、骨捨てちゃうね」
「だめ! 主、それは、食べ物!」
「え、骨も食べるの……?」
「当たり前! 肉も好きだけど、骨も好き!」
「も、モモ……、食べさせていいの?」
「はい。私達にとっては骨も食べ物になります。奴隷の時は大体骨を与えられていましたし、肉よりも身近に感じられるので、皆楽しみに取ってあるんですよ」
「あ、そうだったんだ……。エナ、ごめんね、捨てちゃおうとしちゃって」
「だいじょぶ。骨はいっぱいある。主にも、一本あげる~!」
エナは太めの骨を僕に渡してきた。
「あ、ありがとう……」
子供達は少し休憩したあと、骨に手を伸ばし始めた。
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