第139話 病院まで
――大きな耳に尻尾、淡い色のワンピース。って! モモか!
「ご主人様!! 大丈夫ですか!!」
「モモ! 何しているんだ! 危ないから、早くその手を放して!」
「嫌です!! 今から皆で引き上げますから!! その子を離さないでください!!」
「皆……。って! エナ、マル、ミル、パーズ、ハオ、ナロ君、御者さんまで。そんなに川に近づいたら危険だ! 早く、離れて!」
川の水は既に氾濫している。
モモ達の立っている場所も川の水が弱いながらも流れていた。
いずれその場所も、激流が押し寄せてくるはずだ。
それが一分後か二分後か、はたまた10秒後かもしれない。
そんな危険な場所に僕の家族が立っている。
激怒じゃ済まない。皆が激流に飲まれたら、全員を助けられる自信はなかった。
「主~! 今、助けるからね~!」
皆はロープを握って引っ張り始める。
さすが獣人族とでも言うべきか、僕の体は激流を押し戻し、川岸にどんどん近づいていった。
僕は川岸に手が届き、地面を抉るような力で体を川から持ち上げる。
「はぁはぁはぁ……。皆……なんて危険な真似をするんだ。僕は馬車の中で待っているようにって言ったのに……」
「すみません。危険な状態に陥っているご主人様を見たら放っておけなくて……」
モモは『ポロトの剣』の柄を握りしめながら、僕の元までやってきた。
「お説教はあと……。今は安全な場所まで移動するよ」
「は、はい」
僕たちは荷台のある安全地帯に移動した。
「ドドドドドドドド!!」
僕達がさっきまでいた場所は川が氾濫し激流に容赦なく飲まれていく。
「主~ この人間……全然動かない……。死んじゃったの?」
「また生きてよ。心臓マッサージをして、意識が戻ればいいんだけど……」
少年を地面に寝かせ、肺が動いているかどうかを見る。
やはり動いていない。口元に手を置いてみても呼吸していない。
顔色も悪く、体温も低い。
「このままじゃ死んでしまう。御者さん馬車の中で心臓マッサージを行いながら、医者のいる村に向いましょう。確かこの先に村があったはずです」
「そ、そうですね。現在地と山の位置からしてあと10キロメートルくらい先に村があるはずです。この子の流れてきた川の方向からはズレますが医者に見せた方が得策だと思います」
御者さんは雨具を着ながら馬車の前座席に飛び乗る。
「皆、馬車の中で体を拭いて風邪を引かないようにして。僕は少年を生かすためにずっと動き続けるから、邪魔しないように」
エナ達は事の重大さを理解したのか、大きな声も出さず頭を立てに動かし頷いた。
僕たちはすぐさま馬車に乗り、出発する。
「御者さん、出来るだけ全速力でお願いします」
「分かりました! 雨がさらに酷くなる前に村に到着してみせます」
御者さんは馬の速度を上げる。
「僕の方は、心臓マッサージを続ける。その間に息を吹き返してくれればいいんだけど、ここまで時間が経っているとどうなるか……」
僕は少年の胸元に右手を置く。
その上から左手を重ね、5センチほど沈むように押し込んだ。
それを何度も繰り返す。1秒に2回の速度で心臓マッサージを行った。
「はぁはぁはぁはぁはぁ……」
激流を泳いだ後に心臓マッサージを行えるだけの体力が今の僕にはあった。
スキルは無く、最近は鍛錬も真面に行っていないにも関わらず、数週間前と何も変わらない。
でも今はそれがありがたかった。
「回復魔法かポーションを使ってもらえれば、この子は助かるぞ。はぁはぁはぁはぁはぁ」
少年を助けてから1時間ほどが経過した。
「コルトさん! 村が見えてきました! もうすぐ到着します」
「到着したら、すぐに病院か医者を探してください。少年の体がまだ暖かいので死んではいません。まだ間に合うはずです!」
「分かりました!」
「はぁはぁはぁはぁはぁ……。大丈夫、大丈夫。君はまだ生きれる」
僕は懸命に心臓マッサージを続け、声を掛け続けていた。
聴覚から少しでも意識を取り戻すきっかけになればと考えたのだ。
だが、少年は一向に目を覚まさない。
もし、水を飲み過ぎて肺にまで入っていっており、水が溜まっていたら僕にはどうしようもない。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ!」
僕はがむしゃらに少年の胸を押し続ける。
きっと何本か骨を折ってしまっているだろう。
それでも一向に目を覚まさない。
「コルトさん! 病院の看板を見つけました!」
「今すぐ向かってください!」
「はい!」
御者さんは全力で馬を走らせる。
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