第138話 水中は何も見えない

「助け、助けて……がふ、がは……ごぼごぼ……」


少年は川の水を飲み過ぎたのか、川の中にドンドン沈んでいく。


僕も頭を川の中に入れ、水中を見る。


だが、茶色く濁っていて何も見えない。


少年が沈んで行った方向を予測しながら手探りで探す。


全く見えないのにだ。


無謀だが、今、出来るのはそれしかない。


――どこだ、どこにいるんだ。僕なら川の中でも10分以上呼吸を止めていられる。でも、少年は、1から2分が限界のはずだ。クソ! 川が濁りすぎていて、全然見えない。命綱の長さも把握できなくなった。本当にやばいぞ、ここで少年を見失ったら絶対に助けられない。


僕はむやみやたらに手を伸ばし、川の水をかき分けるようにして探す。


落ち葉や折れた木々ばかりが腕に当たり、肝心の少年らしき体に全く触れられない。


――くそ、くそ、くそ! もっと早く泳げていれば。沈む前に助けられたのに。いや、今は悔やんでも仕方ない、まだ命綱の可動域は残ってる。最後まであきらめずに探せ!


僕は諦めずに、川の水をかき分けながら少年を探した。


その時、服のような布地が右手の小指に一瞬触れた。


すぐさまその方向を向き、さらに手を伸ばす。


僕は人の腕らしき弾力を右手に感じ、ぐっと引き寄せる。


すると、目の前にさっきの少年が現れた。


――よし! 見つけた! うぐっ!!


その瞬間、僕の体が停止する。


どうやら命綱が伸びきってしまったらしい。


反動によって、少年の腕を離しそうになったが反射的に腕を強く握り絶対に放さなかった。


僕はすぐさま浮上し、頭を水面に出す。


少年の頭も水面から出して、呼吸があるか確認する。


「唇が青い……。息もしてない。陸に早く上げないと体温が下がりすぎてしまうぞ」


『ビシ……』


「ん? なんだ……。何かが軋んだぞ」


『ビシ、ギシ、ビシビシ……』


軋む音が聞こえるたび、僕の体が少し動いている気がした。


「まさか……。岩が、割れかかってるのか」


僕は岩の方向を凝視すると『ポロトの剣』が岩から抜けかかっていた。


それもそのはず、いつの間にか大岩に大きな亀裂が入っていたのだ。


「ポロトさん。切れ味が少し良すぎるんじゃないですかね……」


僕は現実から逃れるため、打開策を考えるより先に、剣を褒めた。


『ビシ、ビシビシ、ギシギシギシ!!』


「やばいやばい、剣が抜ける! もう少しだけ持ってくれ! あと少しで川岸に手がとどくから!」


僕は少年を右手で抱えながら泳いでいる。


先ほどよりも泳ぎにくいのに加え、水圧も少年の分が加わり、進みが格段に遅くなっていた。


「はぁはぁはぁ……。あと少し、あと少しだ。頑張れ、僕。頑張れ、少年」


僕は自分と少年を励ましながら激流を泳ぐ。


剣がぐらつき、今にも抜けそうだ。


「大丈夫、とどく……とどくはずだ。ぐ!」


どうやらここの川は川岸近くでも相当深いらしい。


あと30㎝で川岸に手が届く位置にいるが、足は全く地面についていない。


「あと……。少し……!」


僕は川の水を大量にかき出す勢いで足を動かしている。


それこそ大きな噴水のように水が高く舞い上がり、『ドン!!ドン!!』と大砲が水に打ち込まれているような音が鳴り響いている。


それにも関わらず、亀ほどの速度でしか移動できていない。


「よし……あと、1cm!」


『ビシッ!』


「っつ! そんな!」


僕の指先が川岸に掠った時、『ポロトの剣』は岩から抜けてしまった。


「グ! 押し戻される!!」


僕の体は大量の水に押され、川岸からどんどん離されていく。


「少年、大丈夫だよ。絶対に助けるから」


「…………」


少年の意識はない。このまま少年を川に流して、見放せば僕は助かるだろう。


無駄に頑丈な体だ、それに体力も申し分ないくらいに残ってる。


流され続けてどこまで行くか分からないが、死なない自信がどこかにあった。


だが、僕の考えに少年を見放すという選択肢はない。


何が何でも助ける。


「最後まであきらめず、藻掻け……」


諦めるのは簡単だ。


少年を手放せばそれだけで済む。


でも、少年を助けなければ誰かが悲しむ。


その事実だけで、僕が諦めない理由になる。


「ぐ! な、何だ!」


僕の体が激流の中で止まった。


ロープが何かに引っ張られている。


視線を少し上げると、誰かがポロトの剣を持って踏ん張っていた。

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