第137話 激流

僕達はなだらかな平地を走り続け、4時間が経過した。


日も落ち初め、赤色の光が平地を照らす。


僕達はその夜も暗くなる前に野宿できる場所を探し、川の畔に馬車を止める。


川が近くにあると夜でも涼しいと分かり、風通しの悪い馬車の中よりもテントを張って外で過ごした方が快適だった。


川の水は夜になるにつれて冷たくなっていく。


川の傍は夏の暑い夜には最適な場所だった。


エナは昼間に溺れかけたのが相当怖かったのか、僕から一向に離れようとせず終始ぴったりとくっ付きながら過ごしていた。


2張りのテントを立てるも、皆は結局1張りのテントに集まって眠るので今度から1張りだけにしておいた方が準備と片付けが楽になるかもしれない。


次の日。


「ん……朝か。それにしてはやけに暗いな」


『ザーーーーー』


「今日は雨か……空に雲がかかっているから暗いんだな。でも雨か……早く移動しないと危ないぞ」


僕はテントから出て、外の様子を見ると結構激しく雨が降っている。


近くにあった透明な川は茶色混じりの激流に替わっており、溢れ出すのは時間の問題だった。


「これはまずいな、皆を早く起こして馬車に移動しないと流されかねないぞ」


僕はテントの中で眠っている皆を起こす。


「皆、早く起きて。このままだと、川の増水で流されてしまう」


「う……うん……」


エナ達はよろよろと立ち上がり、まだ眠たいのか目を擦っている。


「エナ、早く動かないとまた溺れちゃうよ」


「そ、それは、や~!!」


エナは一瞬で起きて僕の腕にしがみ付いてくる。


その時の声が大きすぎて、他の皆もすぐ目を覚ました。


子供たちが風邪を引き起こすといけないので先に馬車に入ってもらう。


僕は雨具を着て、テントを折りたたみ冒険バッグにしまう。


「コルトさん、こっちのテントもたたみ終わりました」


ナロ君も雨具を着て、冒険バッグを持っている。


「それじゃあ、ナロ君も馬車の中に入っていて。僕もすぐ行くから」


「分かりました。気を付けてくださいね」


「うん、大丈夫。心配しないで」


僕は残りの後始末をしていた。


その時……。


「助けて! 助けて!」


「え、今……どこかで声がした気がする」


大雨の中、少年らしき声が微かに聞こえた。


薄暗い荒野を僕は見渡す。


だが、見えるのは川から離れた位置に置いてある馬車のみ。


あとは土砂によって茶色くなった川だけだ。


「気のせいか……」


「助けて! 助けて!」


「いや、気のせいじゃない。確かに聞こえる。どこだ、どこにいるんだ。おーい! どこにいるんだ! いたら返事をしてくれ!」


「こ、ここ……。ここです! 川に……、川に流されてるんです!」


「川……。この激流に流されているのか。声は聞こえているから、水面付近にいるはず。よく見ろ、声が聞こえるんだ、どこかにいるはずだ」


僕は目を凝らし、声のする方向を凝視する。


「助けて! 助けて!」


「あれか! 川上の方から何か流れてきてる。この川に飛び込んだら僕もどうなるか分からない。でも、目の前で流されているんだから助けない訳にはいかないぞ!」


僕は冒険バックからロープを取り出し自分の体に巻き付ける。


ロープの先を『ポロトの剣』の柄に結び付けた。


「これを、あの大岩に突き刺して固定する!」


ポロトさんの剣なら岩くらい貫通できると信じて、とった行動だった。


「ふ!」


『ズガッ!』


『ポロトの剣』は剣身が全て大岩に突き刺さり、柄付近で止まった。


「手荒な使い方をしてすみません。でも、さすがですね……」


僕はロープの長さを確認し、可動範囲を確認する。


「ロープの長さは約30メートル。川岸から岩まで約5メートル。実質25メートルの間に流れている人を助けないと、命綱が意味をなさなくなる。何としてでも激流の中、25メートルの間に救出しないと僕の身も危険だ。スキル無しの一般男性が激流に揉まれたらひとたまりもないぞ。集中するんだ」


平地にも関わらず、川の水は滝のように流れており、激しさを増していた。


「助けて、助けて! がふぅ、げほがほ……、たす、助けて!」


助けを呼ぶ声が鮮明になってきた。


その姿も、僕からはしっかりと見えている。


「大丈夫、僕ならできる。僕ならできる!」


僕は、激流に飛び込んだ。


全身を押す水圧は昨日の昼とは大違いで、潰されるかと思った。


何とか水面に頭を出し、少年の方に泳いでいく。


思ったよりも川の中を進めず、命綱の半分を使っても、まだ少年にたどり着けなかった。


「く! 結構本気で水を掻いてるのに全然進まない!」


僕は手加減などしておらず、本気で川の水を何度も何度も搔きながら泳いでいた。


それでも進めないとなると、どれだけ鍛錬した体でも激流を泳ぐのは容易ではないらしい。


僕はこの時、自然の力の偉大さを自分の身をもって知った。


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