第135話 水の掛け合い

「ミル~頑張ったね。どう、もう川の中にいるんだよ。ミルが勇気を振り絞ったから入れたんだ!」


「は、はい! ミル……入れました」


「ミル~。川、気持ちいでしょ~」


「うん、冷たくて気持ちいい……」


エナとミルは余った片手で水を掬い取り、両者の顔に塗り手繰っている。


それが激化していき、今では盛大な水かけ合戦になった。


「おりゃおりゃおりゃおりゃ~~!」


「よいしょ、よいしょ、よいしょ!!」


「ごぼごぼごぼごぼごぼ……」


僕が息できないほど、川の水が激しく掻き上げられる。


――凄い力だ……。小さな体のどこにそこまでの力が……。


「あ~。マルも混ざりた~い!」


「ハオ様も水を掛けまくってやるぜ!!」


モモと手をつないでいる、マルとハオまでやってきた。


しかも片腕を川の中に入れている。どうやら混ざってくるみたいだ。


「ごぼごぼごぼごぼ……ちょとま……」


「せいせいせいせいせい~~!」


「おらおらおらおらおらおら!!」


4人が水を掛け合った結果、その場にいた者、全員もれなくびちゃびちゃになった。


「はぁはぁはぁ……。さすがに、息を止め続けるのはきついよ。あぁ結局、服まで濡れてしまった。一回脱がないと風邪ひくぞ……。モモは替えの服あったっけ?」


「えっと、多分なかったと思います」


「それじゃあ、服が渇くまで僕の服を貸すから、下着の替えはあるよね?」


「は、はい……一応」


「よかった。さすがに僕のパンツは履きたくないだろうから」


「私は、別にそれでも……」


「え……なんか言った?」


「いえ、何でもないです」


モモに乾いた布と僕の乾いた白シャツを渡し、馬車に向かわせた。


「皆はタオルでしっかりと拭こうね。風邪ひくから」


「主~髪びちょぬれ~ すうすうする~」


「ちゃんと拭き取るからちょっと待ってね」


僕はエナの長めの銀髪を束ねて水をギュッと絞る。


そこからタオルで拭き取り、内シャツとショーツを脱がせて体を拭く。


塗れた内シャツとショーツも絞って、日に当てられ続け熱々の大きな石に置き、天日干ししておく。


マル、ミル、ハオも同じようにして体を拭いて行った。


「うわぁ~~イ! 主~こっちだよ~!」


「ちょ、エナ。全裸で走り回らないで!」


「だって涼しいんだもん~!」


他の3人はおとなしく、渇いた薄着を着てくれたのに、エナだけ逃げた。


すぐ捕まえようと思ったが、なかなか早い。


川辺の岩を巧みに使って僕から逃げていく。


「石、熱つ~。何でこんなに熱いの~」


エナは裸足で移動しているため、直に熱せられた石の上を歩いていた。


「日で温められてるからだよ。さ、早く服を着て」


「う~ エナ、まだ遊び足りない~」


「また後にでも遊べばいいでしょ。ほら、早く拭く着ないと日焼けしちゃうよ」


「ぶぅ~」


「顔を膨らませてもダメ。さ、昼ご飯を食べよう。もうそろそろ、ご飯が炊けてるはずだから」


「やぁー!」


「ちょ! エナ!」


エナは真横の川に飛び込んで行った。


しかもさっきより深い中心部に向っている。


『ザッボン!!』


高い水飛沫を上げて、エナは川に入っていった。


「エナ! 大丈夫!」


「…………」


――返事がない。どうしたんだ。


「ぷはぁ、あ、主~! 足、着かない! うぐぐ……。ぷぁ、た、たす……足痛い!」


「エナ!」


――さっき川に浮きながら遊んでいたから、浮けるはずなのに焦って藻掻いてる。きっと足がつってるんだ。


「ふ!」


僕は濡れた上着と靴を脱いで、川に飛び込む。


「あるじィ……、うぐぅ……」


エナは川に流され、沈んでいく。


川の流れが遅くてよかった。今の僕でも泳げるぞ。


僕は水中で眼を開け、沈んでいくエナを見つけた。


水を掌で押し下げるようにして推進力を生む。


すぐにエナに追いつき、腕で抱えて浮上する。


「エナ、大丈夫!」


「けほっけほっ……。あ、あるじぃ~ 怖かったぁ」


エナは僕にしがみ付いてくる。


「怖かったね。川は危ないから、ちゃんと僕の言うことを聞かないとダメだってわかった?」


「うん……分かった……。エナ、主の命令破った……。悪い子」


「ちゃんと分かってくれれば悪い子じゃないよ。ほら、めそめそしていないで、生きてるんだから喜ぼうよ」


僕はエナの小さな手を握って、胸に持っていく。


小さな心臓が小刻みにとくとくと動いていた。


「主の手……大きい」


「まぁね。一応大人だから」


僕はエナを抱えながら川を泳ぐ。


もし流れが速かったらと思うと背筋に怖気が走った。


僕に抱き着いているエナは確かに温かく、生きている。


それだけでとにかく叫びたくなるくらい嬉しかった。


誰かが死ぬのは、もう見たくない。


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