第87話 人の物を勝手に取るのは、悪いこと

「エナは、お子様ランチをあと、4分50秒我慢だね」


「ギュるるるるる」


エナのお腹は既に食べたくて仕方がないみたい。


エナは鼻も摘まみ目も瞑る。


4分30秒頃、僕はトイレに向うため席を立つ。


あまりに苦しそうにするため、僕はいたたまれなくなり、5分後に帰ってこようと思った。


そうすれば、僕が帰って来た時にエナが食べていても成功したか失敗したのか分からないからだ。


「皆、僕ちょっと席を外すね…。エナ、僕は5分後に帰ってくるから。無理したらダメだよ…」


コクリ…、と聞き耳を立ててエナは頷く。


僕はきっと我慢できずに食べてしまうんだろうな…と思いながら席を離れた。


それでも僕は褒めて上げるつもりだった。


たったの30秒我慢できただけでも3歳ほどのエナにとっては十分凄い。


そして5分経ち僕は皆の待つ席へ戻った。


「え…嘘…。エナ、我慢してる…」


何とエナは我慢していた…。


苦しそうな顔は変わらないが僕の言いつけを守っていたのだ。


「あ…主…もういい…」


「うん、いいよ。エナ思いっきり食べな…」


エナは机の上に置いてあったスプーンを手に取ると、特大オムライスに手を付ける。


「ハグハグハグハグハグ!!!」


「凄いぞ…エナ…、よく我慢出来たね。まさかエナが我慢できるなんて思ってもみなかったよ」


僕はエナの頭を撫でる。


エナはオムライスを美味しそうに食べながら尻尾を大きく揺らした。


「さてと…僕も…ん? あれ…僕の唐揚げ定食…どこ行った…」


僕のから揚げ定食は綺麗さっぱり無くなり、皿だけになっていた。


「皆、僕のから揚げ定食、どこに行ったか知らない?」


するとみんなが目線をエナのお腹にやった。


「ん〜 どうしたの主~ 主も食べる?」


口をケチャップで真っ赤に汚しているエナは、オムライスを掬ったスプーンを僕の方へ向けている。


「ありがとう…ハグ…。うん…美味しい…。それでエナ…僕のから揚げ定食、どこに行ったか知らない?」


「ん~、エナの中」


エナは悪びれる様子もなく答えた。


「どうして食べちゃったの? 」


「エナ、食べるの我慢してた。そしたら主がから揚げおいてどっか行った。つまり、から揚げはエナの物、だから食べた」


「ん~、何を言っているのかよく分からないな…。エナ、他の人の物はとっちゃダメでしょ」 


「でも…これ食べるの5分我慢した。から揚げは聞いてない」


「確かに…、僕はお子様ランチを我慢してと、言ったね…。そこを突かれるとは…」


「主…エナ、何かダメだった?」


「そうだね…。エナ、誰かの物を取るのは悪い人のする行いなんだよ。ちゃんと欲しい時はお金を出して買うか、その人に聞いてからじゃないと取っちゃいけないんだ」


「じゃあ…エナは悪い人…、うぅぅ…主~、エナを嫌いになっちゃや~」


エナはケチャップでぐちゃぐちゃになった口元のまま僕に泣きついてくる。


僕はすかさずティッシュを抜き取りエナの口元を拭く。


その間僅か0.5秒。


自分でもありえない速度に驚くが…なぜか出来た。


どうやらエナは口元が綺麗になっているのに気づいていない。


「大丈夫、僕はエナを嫌いになったりしないよ。ただちゃんとごめんなさいをして欲しいんだ。他の人の物を取ってごめんなさいって。分かるかな? エナも、自分の物を取られたらいやでしょ」


「嫌…。主も同じ…嫌なの?」


「そう、誰だって自分の物を傷付けられたり取られたりしたら嫌なんだよ。みんな同じ気持ちになるんだ、その気持ちに種族なんて関係ない。だから誰にでもごめんなさいを言えるようにならないと」


「主…。主のご飯…食べてごめんなさい…」


「はい、よく言えました。僕はそれだけ言ってもらえれば良いんだ。でも、次からはほしかったらちゃんと僕に言うんだよ」


「はい…」


――あらら…しんみりしちゃった…。それじゃあ…


「それを食べ終わったら、アイスを食べに行こうか。冷たくて甘いお菓子、昨日食べたやつ」


「ほんと?」


「うん、ちょっとズルだけどちゃんとエナは5分間待てたからね。ちょっとしたご褒美だよ」


すると、しんみりしていたエナの顔はパーッと明るくなり、元気を取り戻した。


「主! エナ アイス食べる! ハグハグハグ…。だから、早くこのご飯も…食べる…」


「ご飯はちゃんとゆっくり噛んで食べないと喉詰まらせるから、焦らなくていいよ、アイスは逃げたりしないからね」


僕は昼食を食べ損ね、皆が美味しそうに食べている姿を見て無性にお腹が空いてきた。


「僕、もう一回頼んでこようかな…」

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