第36話 十人で二部屋

「えっと…十名様でよかったですか…」


宿の受付で椅子に座っていた少女は、困惑した表情で聞いてきた。


「…はい、十人でお願いします。二部屋借りたいんですけど…大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です。今日なら大きめの部屋をご用意できますけど…どうしますか?」


「えっと、それでお願いします…。あと、早急に盥を四つお願いします…」


「わ…分かりました。すぐ用意します。とりあえずお部屋の方に…案内しますね」


今、僕は昨日泊まった宿に来ている。


どうやらここが一番安い宿らしい…。


僕達は、少女の後ろを付いて行き、少し歩いた所で少女は止まった。


「扉に花柄の絵が描いてあるお部屋と、扉に星形の絵が描いてあるお部屋をお使いください。隣り合わせになっていますので、すぐ移動できますよ」


「ありがとうございます」


「それじゃあ私は、盥を四つ持ってきます。一部屋に二つでよかったですか?」


「はい、それでお願いします」


「分かりました。すぐ持ってきますね」


――ふぅ…さてと。女子は花柄の部屋に…。


大人の獣人さん達は、僕の言葉を聞く前に、引っ付いている子供の獣人さん達を引きはがし、花柄の部屋へ入り込んでしまった。


…9人の獣人さん達は全員1つの部屋に集まってしまったのだ…。


「誰もいなくなると…、なんか一気に寂しくなっちゃったな…」


僕はその場で呆気に取られていると、…四つの盥を持った少女は戻ってきた。


「あれ…どうされたんですか?」


「いや…、ちょっと嫌われてるみたいで…」


「他の9名は奴隷さんですよね。お客様が買われたのですか?」


「ままぁ…事故的に…買わされたというか、買っちゃったというか、助けたかったというか…」


理由をハッキリと言うのは少し恥ずかしいため、抽象的な言葉にする。


「お客様の奴隷さん達なのでしたら…、命令を言えば良いんじゃないですか? 悪い命令じゃなければ、聞いてくれると思いますけど…」


「まぁそうなんですけど…。…命令するっていうのは…なんか気が引けるんですよ…。でも…仕方ないですね」


「それじゃあ、私は先に星形の部屋で盥に水を入れておきますね」


「はい、よろしくお願いします」


僕はコンコンとノックして扉を開ける。


「えっと…命令させてもらいます。花柄の部屋に女子、星形の部屋に男子で別れます。ですから…男子は僕に付いて来てください」


命令すると、奥の方で固まっていた獣人さん達のうち、4人僕の方へ向ってくる。


残った5人の女子獣人さん達に、僕は伝える。


「えっと、部屋の床に水の入った盥を置きますから、体を濡れタオルでしっかりと拭いてください。綺麗に洗わないと病気になっちゃいますから」


「わ…分かりました…」


虎耳獣人さんは他の4名を抱き寄せ…返事をした。


4人の男子獣人さんは僕の元へ到着し、花柄の部屋を出る。


「それじゃあ僕たちはあっちの部屋で、体を拭きましょう」


熊耳獣人さんは僕に聞いてきた。


「えっと…ご一緒してもよろしいのでしょうか…」



「え? 別にいいですよ。逆に寂しいじゃないですか、1人と9人じゃ。種族は違えども同じ性別ですし。大きな括りで見たら僕達はみんな同じ命を持った、ただの生き物です。種族、年齢、奴隷、そんなこと気にせず仲良くしましょう」


僕達、男子組は女子組の隣にある星型の部屋へ入り、体を拭き合う。


「ん~、こうして見ると…耳と尻尾以外ほとんど人間と変わらないですね…。ゴシゴシ…」


子供の虎耳獣人君の背中を、僕は拭き上げていく。


「あ…そうだ、名前ってどうしたら良いですか? 番号で呼ぶのは嫌なので…。教えてもらえると嬉しいんだけど…」


「そうですか。えっと…実際の名前をちゃんと覚えているのは、自分を合わせて4人しかいません。まだ小さな子供達は自身の名前を覚えていないんです…」


――名前を覚えていない…。そんな前からずっと奴隷だったって事…。


「そうなんだ…、君の名前は?」


「840番です!!」


「それは名前じゃないんだよ…。そうだな…どうしようか…」


「えっと自分たちは、何とお呼びすればいいのでしょうか…」


「え? 好きなように呼んでもらって良いよ。別に、ため口でもいいし」


「それはできませんよ。ならコルト様とお呼びしますね」


「いや…様はちょっとな…」


「それならコルトさんとお呼びします」


「それなら…まぁ良いか」


僕達男子組は皆、体を拭き終え、見違えるほど綺麗になった。


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