第33話 僕は、冒険者じゃない、偽善者だ…。

前に、倒れ込んでいる2人の獣人さんも、僕の方を常に威嚇している。


――大丈夫かな…、そんなに食いしばって居たら、歯茎から血を流すんじゃないか…。いや…目も大分血走っているな。


僕が気になり目線を下にすると、犬歯をこちらに向けながら更に、唸り声をあげた…。やっぱり嫌われているみたいだ。


「お決めになられましたか?先ほどの2体は、中々良いチョイスでございますね。熊の獣人は力が強く冒険者には、うってつけでしょう。虎の獣人は女ですけど、力も強くしなやかな動きが出来ます。猫系獣人ですから、夜の方も大分すごいんじゃないでしょうか。それで…、いったい誰をお買い上げいただくのですか?」


ナリスは、吊り上がった目を金に換え、僕の方を見てくる…。


頭の中は、金でいっぱいなのだろう。


僕の事を見ているのではない、僕の持ている金を見ているのだ。


その眼に悪意はない、彼らは商売をしているのだ、それを否定する気は無いが…。


それでも、僕とは大分気が合わないらしい。


「僕が買わせてもらうのは…」


「はい、はい!いったい誰ですか!」


ナリスは、獣人さんの顔と番号が書かれた、カタログのページを見せてくる。


どうやら全員名前ではなく番号で呼ばれているらしい…。


そう言えば、さっきの2人も番号で呼ばれていた…。


感情を持つ相手に対して、どうしたらそのような呼び方が出来るのか…。


僕には、理解することが出来ない。


どの獣人さんも、決して良い写真ではない。


此方を睨みつけるような、悲しい目…。


それは、大人も子供も変わらない…。


ただ…、子供達がこんな悲しさを押しつぶした表情をしてはいけないと、


大声で叫びたかった。


昼頃、子供が楽しそうにしている姿を、見ていた僕は…。


この子達の笑顔を見たいと、心の底から思った。


数日前まで子供だった僕は、今までの楽しかった日々を思い出し、


同じように楽しい日々を、送ってもらいたいと、脳内で何度も方法を考えた。


そして僕は…決断する。


これからの人生をどのように過ごそうか…、決めあぐねていたが…。


今…この場所、この時間、この瞬間…決まった。


いや、決めた。


彼らを番号で呼ぶのは、大分抵抗があった。


が…、買うには、番号を呼ぶしかない為、仕方がない…。


「僕が買うのは…315番と512番…」


そう言った瞬間…。


獣人さん達が、一斉に目の色を変え…僕の方を殺意を込めて睨んできた。


これほどの殺意を向けられた事は、今まで生きてきた15年の人生で一度もない。


あのジャイアントベアや、ワイルドボアですら…、これ以上の殺気を放っては来なかった。


彼らに、鉄首輪が付いていなければ…、


僕は、今頃一瞬で細切れミンチにされていただろう。


「了解しました!315番と512番ですね!今すぐ…」


「それと…」


僕は、ナリスの言葉を遮るように続けた。


口をぽっかりと開けたナリスのアホずらは、とても印象的で一生忘れないだろう。


「720番…777番…」


そう口にした瞬間、僕を睨みつけていた2人が飛びかかって来た!


眼の色を赤色に輝かせ、彼らの尖った犬歯が、僕の首を掠める。


が…、黒服がそれを見逃さず、一瞬で鎖を思いっきり引く。


すると、2人の獣人さんは、後ろの方へ一気に引っ張られ、僕の元から離れて行った。


僕は、自分の首を手で、胴体にくっ付いているか確認する。


ドクドクと、頸動脈に流れる血液の流れを感じ取ることが出来た。


どうやら僕の首は、しっかりと繋がっているようだ。


「はぁはぁ…び、びっくりした…」


2人の鉄首輪が首を締め付け、相当苦しいのだろう、口から泡を吐き…綺麗な瞳から大粒の涙を流している…。


それにも拘らず…僕を睨む、狼獣人さんの眼は、未だ輝きを失わない…。


相当強い心を持っているみたいだ。


「コルト様、大変申し訳ありませんでした。我が商会の商品が、あのような真似をするとは。購入前ですが、然るべき手ほどきをしていただいても、一向に構いません」


「い…いえ、大丈夫です。2人の気持ちも分かりますから…」


「そうですか…。それでは、315番、512番、720番、777番のご購入と言う事でよろしい…」


「それと…」


僕は、更にナリスの言葉を遮り続ける。


「830番、831番、840番、880番、900番の子供たちもお願いします」


僕は、最後に子供たちの番号を付け加えた。


獣人さん達から向けられる殺意の籠った視線が、いきなり困惑した視線へと変わった。


「えっと…コルト様。315番、512番、720番、777番、830番、831番、840番、880番、900番の獣人、合計9体の購入と言う事でよろしいのでしょうか…。えっと金額の方が…。合計…中金貨32枚(320万円)と言う事になりますが…大丈夫なのですか…?」


ナリスは、僕がこれだけの人数を買うと思っていなかったらしい。


――そりゃそうだ…普通の冒険者なら1人か2人で十分だから…。でも僕は、冒険者じゃない…。どうやら偽善者らしい…。


だが…後悔はない。


例え、偽善だろうと…、僕の気持ちが揺れ動いたのは確かだ…。


僕は、内ポケットから白金貨1枚を出していった。

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