第31話 奴隷さん達のお願い

「獣人族をお願いします…。獣人族の奴隷さん達を見せてください…」


ナリスは、ニチャ~っとした笑みを浮かべながら、掌を合わせ体を蛇のようにうねらせた。


「は~い、貸し困りました。黒、今いる獣人族の奴隷を全員連れてきて!今すぐに!」


「御意」


黒服が部屋を出ていくと、すぐ。


何故か大きな音や声が聞こえてきた。


何かを叩く音…、ぶつかる音、叫び声、奇声、怒鳴り声…。


「いったい、何の音なんですか…」


「それは、もう大分暴れ回っているのでしょう。対面する相手が、だれか奴隷には分りませんから。しかし、今回の奴隷達は超ラッキーですね…。なんせ、お優しい~コルト様に買って頂けるのですから…」


ナリスは、僕の善人心を挑発してきた…。


こういう奴は、鴨だと言わんばかりに、金の瞳を光らせ、僕を見つめてくる…。


瞳の鋭さは、蛇のそれと同じ…、僕の事を何時でも丸のみに出来るよう…長い舌を躍らせてる。


「獣人さんの値段は、このカタログと変わらないんですか…」


「ええ、我が『トリス奴隷商』の最低金額でございます。他に奴隷商は、いくつも有りますが、『トリス奴隷商』が最も安価で、かつ高品質の奴隷を紹介する事が出来ますので、その点で考えるとコルト様も超ラッキーですね!」


「はは…そうですか…」


――何がラッキーだ、散々酷い事を聞かされた挙句、僕に無理やり奴隷さん達を買わせようとするなんて…。僕がもし、お金を持ってなかったらどうする気なんだ…。


「僕が、お金を持っていなかったら…どうするんですか…」


「勿論お貸ししますよ。奴隷、1体買って頂ければ、我が奴隷商のルールに沿う形となりますので、最低…中金貨3枚を借りて頂ければ、この『トリス奴隷商』から退出することが出来ます。結構な高金利ですがね…。ですが、結構借りられる方が多いんですよ。新米冒険者さん達はとくに…」


ナリスは、口内に溜めた唾を飲み、喉を潤す。


――なるほどな…僕みたいな新米冒険者が来た時は、こうやってお金を貸して、エグイ金利でお金を奪い取る…。しかも、新米冒険者さん達の多くが見栄っ張りだ。そんな新米冒険者さん達が、最低金額の獣人さん達を買う訳がない…。


『どうせ買うなら』


と言って、少し高めの奴隷さんを買うに決まってる。その分『ナリス奴隷商』からいっぱいお金を借りてしまい、高すぎる金利を払えなくなって、最後は自分達諸とも奴隷にされる。こんな落ちだろうか…。――この人は、いったいどれだけの新米冒険者さん達を、地獄に陥れてきたんだ…。


「コルト様は、お金を借りられますか?今でしたら、我々が最善を尽くし、1ヶ月10%の金利でお貸ししますけど?なんなら1ヶ月、銀貨5枚だけを払って頂くリボ払いにも出来ますよ。新米冒険者の方は皆さん、このリボ払いを選ばれます。なんせ、1ヶ月銀貨5枚で良いんですから!ささ、こちらの契約書にサインを…」


ナリスは、流れるように、準備していたであろう、契約書と羽ペンを取り出した。


「いえ…、僕は大丈夫です…最低限の手持ちは有りますから」


…チッ…!


歪んだ表情をしたナリスが、一瞬…舌打ちをしたように聞こえた。


「あ、ソロソロですかね」


ナリスの言う通り、響いていた音がいきなり静かになり、奥の扉が開かれた。


さっき出て行った黒服が、1本の鎖を持ち、僕の座っている、ソファーの左側スペースへ歩いてくる。


黒服がナリスの後ろを通り、大きく歩く度…鎖の金属が擦れ、耳障りな音がする…。


その鎖は、疲弊しきった表情をしている、獣人さん達に取り付けられた鉄首輪へ、繋がっていた。


黒服が鎖を強く引っ張り、結構な人数の獣人さん達を左側スペースへ並べていく。


――外に居た獣人さん達だけじゃなかったのか。それよりも、外に居た獣人さん達…さっきよりも、大分やつれていないか…。いったい何をされたんだ。


「オーナー、今『トリス奴隷商』が販売できる、獣人族35体の奴隷を連れてきました」


黒服がナリスに一礼すると…。


「それでは、コルト様…、好きな獣人族の奴隷をお選びください…」


「は…はい…、分かりました」


一言に獣人さんと言っても多種多様な種族が居る。


犬族…猫族…狼族…熊族…寅族…。


パット見ただけでも、5種族の獣人さん達が、左側スペースに並ばされていた。


「ここからだと…良く見えない方も居るんですけど…」


「そうですか…。ではコルト様、過剰な触れ合いでなければ、何処を触れて頂いても構いません。奴隷は、決してコルト様に襲い掛かったり、致しませんので。雌の胸を揉む程度なら構いませんよ。新米冒険者さんにとって、最低金額でも相当痛い出費だと思いますから」


「そうですか…」


――どうする…、全く何も思い浮かばない…。僕は如何したらいいんだ…。


そんな時…大人の獣人さん達が、必死に…何かを伝えようとしていた。


しかし、口をパクパクと動かすばかりで、何も聞こえない。


どうやら鉄首輪のせいで、喋れないようになっているらしい。


それでもなお…大人の獣人さん達は、唇を震わせながら、苦しげに喋ろうとしていた。


鉄首輪は、子ども達にも付けられている。


大人には、少し小さく…子供達にとってかなり大きいその鉄首輪は、『奴隷の印』と呼ばれているらしく、何かがあると、この鉄首輪が閉まるのだとか…。


獣人さん達が、何かを喋ろうとすれば喋ろうとするだけ、その鉄首輪が閉まって行く。


そのような光景を見せられてしまった僕は…、獣人さん達の話を聞かなければ成らないと…、強く思った。


「あの…彼らと話す事は出来ますか…」


「ええ、勿論。しかし…自ら罵詈雑言を聞きたいと仰るとは…。もしかして、コルト様はそっち系の方でしたか?」


「いえ…、ただ話したそうにしていたので…。獣人さん達が話せる様に、鉄首輪を緩めて上げる事は、できますか?」


…チッ!


ナリスは2回目の舌打ちを鳴らし…黒服へ合図を送った。


「黒、鉄首輪の拘束を緩めて」


「御意」


黒服が何か呪文らしき言葉を唱えると、獣人さん達の首を絞めていた鉄首輪が緩む。


「はぁはぁはぁ…あ、ありがとうございます…。あの!どうかお聞きください!私達、大人ではなく、まだ幼い子供達を買って上げてください!断然、私達よりも安いですし、維持費もだいぶ少なく済むはずです。子供達は、こんな所で死んでいい命じゃないんです!お願いします!」


女性の犬耳獣人さんが僕に向って、そう言葉にした。


「どうか、…お願いします。子供でも…鍛えれば冒険の頼もしい仲間になれるはずです。幼女であれば…、好きな様に育てることも出来ます‥‥。全ての子供達とは…、言いません…、誰か1人だけでも良いんです。子供を助けてあげてください…、お願いします!」


次の言葉を発したのは、男性の熊耳獣人さんだった…。


ーー途切れ途切れの、息遣い…。相当、苦しかったのだろう。


次第に、獣人さん達のあげる声が、多く…そして、大きくなって行く…。


『子供たちを助けてあげてください!』


と言う、声だけが…獣人さん達から、発せられる。


僕の脳裏に深く刻み込むよう…、大きな声で願い続けてきた。


「黒、黙らせなさい。うるさくて仕方ない」


「御意」


再度、黒服が呪文を唱えると、喋っていた大人の獣人さん達に付けられている、鉄首輪が閉まり、声が出せなくなってしまった。

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