第27話 直立の黒服

何だかんだ言って、黒服の人は悪い奴じゃないと思う…。


少しして、黒服の男が戻ってきた。


先ほどの服装とは違い、新しい服を着てきたようだ。


黒い革製のグローブを嵌めた手には、汚い雑巾1枚と錆びれた瓶1本を持っている…。


「ほら、雑巾だ。それで流れた血を拭け。床に血痕を残したらただじゃ置かねえぞ」


「は…はい。分かりました…」


「それと、この低ランクポーションをあのガキに飲ませておけ…。糞不味いが…死にはしないだろう」


「あ…ありがとうございます…」


そして再度その黒服は扉の前に棒立ちになった。


土下座していた獣人さんは、瓶をぐったりしている子供に飲ませている…。


他の獣人さん達で、床に落ちた血を拭いているようだ…。


「どうしよう…、あんな馬車が有るんじゃ近づこうにも近づけない…。糞ハゲデブ爺が出てくるまで、待ってようか…」


どれほど待っただろうか…、多分2時間から3時間ほど待たされた…、あの獣人さん達も3時間ずっとあの場所にいる。


黒服の人も3時間ずっとあの場所に立ち続けたままだ。


しかも動かない…、体を揺らしたり、屈伸するといった事を全くしないのだ…。


――僕なら3時間も立っていられないだろうな…。今だって木箱の上に座ってるし…。座っているだけでも退屈なのに…、立ってたらもっと退屈だろうな。


廃墟の近くに置かれていた、木箱に座り続けて4時間が過ぎたころ…。


――まだ出てこない…、…もうお尻が痛くて痛くて…4時間経っても、まだあの馬車以外ここを通る人も馬車も居ない…。


しかし…改めて見ると…、こんな場所にギラギラの馬車が有ると場違いにもほどがある。


場違いすぎて、おんぼろの馬車にしてやりたいくらいだ。


――それにしても…あの黒服の人…あそこに立って4時間くらい経っているのに、まだ動かないよ…。本当に、人間なのか疑わしくなってきたぞ…。


そんな事を考えていたら…中からあの糞ハゲデブ爺が出てきた。


何とも厭らしい顔をして鼻の下を伸ばしきっている。


隣には、先ほど見たエルフさんと同じくらいか…、いや…それ以上に綺麗なエルフさんが立っていた…。


立っていたのだが…。首には、鉄首輪が嵌められていることから察するに、奴隷さんなのだろう。


糞ハゲデブ爺は、徐に短い両手を胸とお尻に突っ込み…揉み始めた…。


「はぁ…ええのお…さすがは虹硬貨3枚だけは有る…。お主は、今日からいっぱいこの儂が可愛がってやるからな…、フフフフ…」


「はい……ご主人様………」


「ええのお~ええのお~、さすが『強制奴隷紋』儂のしてほしい事を何でもしてくれるとは、初めからこうしておけばよかったのだな~ふふふ」


糞ハゲデブエロ爺は、目の死んだエルフさんと一緒にギラギラの馬車へ乗り込むと颯爽とその場から消えて行った。


「あの爺…ろくな死に方しないだろうな…」


はぁ…でも、これでやっと黒服の人に帰り路を聞けるよ。


僕は木箱から重たい腰を持ち上げると、先ほど馬車が居座っていた、汚い店の前に立つ。


僕の目前には獣人さん達が檻に繋がれている。


先ほどは数人…外に出ていたが…、爺に文句を言われた黒服が、詰め込んだらしい…。


――なんて暗い表情なんだ…。でもそうか…、僕だって暗くなるもんな…そんな所に入れられたら…。


あまりにごつい鉄の檻に入れられ…、両手を硬く手錠で閉ざされている…。


――誰も、僕の方を見ない…。数10人いるのに…誰1人として…、僕の方を向かない。


僕から1番近くにいる1人の猫耳少女がピョコっと立った耳をかゆそうに動かしている…。


どうやら手錠が邪魔でうまくかけないのだろう、大分苦戦しているようだ。


「君…耳がかゆいの?それなら僕が、掻いてあげるよ…」


――よく見れば、さっき蹴られていた子じゃないか…。


僕は、檻の中に手を入れ、少女の耳を掻いてあげると…小さな蚤が付いていることに気が付き、取ってあげた。


蚤を取る時、少し毛と一緒に抜いてしまったのが痛かったようで、僕の腕に噛みついてきた。


僕の手には、少女の歯がしっかりと食い込んでおり、結構な量の鮮血が流れ出しているが…、『子供のしたことだ…仕方が無い』と思い…、痛みを呑み込む…。


空いている左手を檻の中に入れ、そっと頭をなでてあげると、噛んでいる口を静かに放してくれた。


腕にはクッキリと歯形が付き、鮮血がしたたり落ちている…。


結構痛いが…特に問題は無い。


僕は、その場から立ち上がり、再度獣人さん達の方を見ると、何故か…皆と目が合ってしまった。


逆に怖い…。


「ハハハ…噛まれてしまいました」


自身の髪を掻きながら、嫌われてしまった事を笑い話に変えようとするも。


誰も笑わず、ただ…口をパクパクさせているだけだった。


どうやら話せないよう、細工されているらしい…。


意思疎通が出来なかった僕は、扉の前に立つ黒服へと歩み寄っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る